こんばんは、銀狼の使者★ミハエルです。
お盆になり、お墓参りに行ってきました。
その帰り道、子どもの頃によく遊びに連れて行ってもらった場所を通ったんです。
懐かしいなと思いながら景色を眺めていて、ふと昔の自分を思い出しました。
子どもの頃の私は、せっかくいろいろなところへ連れて行ってもらっても、不平不満ばかりだったなって。
「あれが嫌だ」
「もっとこうだったらいいのに」
そんなふうに、その時の私は「ないもの」ばかりを見ていたように思います。
でも、大人になった今、同じ場所に行ってみると、見えるものが全然違いました。
「こんなに気持ちのいい場所だったんだ」
「こんなにきれいな景色を見せてもらっていたんだ」
「いろいろなところへ連れて行ってもらえて、ありがたかったな」
場所は同じ。
景色も、きっと大きくは変わっていません。
変わったのは、私が見ているものだったんです。
その時、ふと思いました。
もしかしたら、運がいい人って、特別にいいことばかりが起きている人ではないのかもしれない。
同じ毎日の中から、
「嬉しいこと」
「ありがたいこと」
「すでに自分にあるもの」
を見つけるのが上手な人なのかもしれません。
反対に「ないもの」ばかりに目を向けていると、すぐそばにある幸せや、自分に向けられている優しさにも気づけなくなってしまいます。
私自身、大きな病気を経験してから、このことを以前より強く感じるようになりました。
もちろん、失ったものもあります。
できなくなったこともあります。
つらかったことだって、たくさんあります。
でも、それと同時に、
支えてくれる人がいること。
今日という一日を過ごせること。
笑えること。
誰かと話せること。
自分の足で、行きたいところへ行けること。
そして、私を頼って鑑定に来てくださるお客様がいること。
「あるもの」に目を向けてみると、私は思っていた以上にたくさんのものを受け取っていたことに気づきました。
先日、私自身ちょっと嫌な出来事がありました。
もちろん私だって、嫌なことがあれば落ち込みます。
「なんでこんなことが起きるんだろう」と思うこともあります。
でも、そんな時にも変わらず鑑定に来てくださるお客様がいました。
お話をして、一緒に笑っているうちに、私自身も少しずつ前向きな気持ちになっていったんです。
その時、
「私、本当に恵まれているな」
と思いました。
嫌な出来事がなくなったわけではありません。
でも、そこだけを見るのではなく、今自分のそばにあるものにも目を向けたら、見えている世界が変わりました。
私は、これも一つの「開運」なんじゃないかなと思っています。
何か特別なことをすることだけが、開運ではありません。
今ある幸せに気づくこと。
自分に向けられている優しさを受け取ること。
そして、「ないもの」だけではなく、「あるもの」に目を向けてみること。
そうすると、不思議と心が少しずつ満たされていきます。
そして心が変われば、人との接し方や選ぶ言葉、行動も少しずつ変わっていきます。
その小さな変化が、また新しいご縁や良い流れにつながっていく。
だから私は、
運がいい人は、見えてる世界が違う。
そう思っています。
同じ一日でも、何を見るかで感じる世界は変わります。
今日あなたの周りにある「すでにある幸せ」を、ひとつだけでも見つけてみてください。
今まで気づかなかった小さな幸運が、すぐそばに見つかるかもしれません。