テレビをつける。
誰かが何かを食べている。
チャンネルを変える。
また誰かが食べている。
ネットを開く。
ここでも誰かが食べている。
新しくできた店を紹介している。
行列のできる店を紹介している。
巨大な料理を食べている。
辛い料理を食べている。
高級料理を食べている。
コンビニの新商品を食べている。
そして、また食べている。
日本という国は、本当に食べ物の情報に事欠かない。
テレビ番組でも、YouTubeでも、SNSでも、食べ物はものすごく強いコンテンツだ。
「食レポ」という言葉まで普通に存在している。
実際、日本のテレビではグルメ番組や食レポが長く定着してきた。専門のグルメリポーターというジャンルまで生まれ、近年は純粋な食レポ番組だけではなく、バラエティやドラマの中に食の要素を組み込む形へ変化しているという。
食べる。
そして、それを見せる。
これだけでコンテンツになる。
なぜなら、視聴率が取れるからだ。
新しい店は次々にできる。
新しい料理も次々に出てくる。
だからネタが尽きない。
ある意味、メディアにとってこんなに便利なコンテンツはない。
でも、少し不思議ではないだろうか
人間が生きるためには、食べなければならない。
これは当たり前だ。
でも、食べれば食べるほど健康になるわけではない。
必要な栄養素を摂取することと、
「みんなが食べたくなるものを食べること」
は、まったく別の話だ。
むしろ現代では、
健康に必要なものより、欲しくなるもののほうが売れる。
甘い。
脂っこい。
塩辛い。
柔らかい。
香りが強い。
カロリーが高い。
そういうものは、人間の食欲を刺激する。
そして、
「うまい!」
と叫ぶ。
「これは食べたい!」
と思わせる。
それがテレビになり、YouTubeになり、再生回数になる。
「おいしい」と「体にいい」は同じではない
ここは、かなり重要だと思う。
健康にいい食べ物と、
みんなが食いつく食べ物は、
必ずしも一致しない。
むしろ逆の場合さえある。
野菜を食べて、
「うわあああ!これはすごい!」
と大騒ぎする動画より、
巨大なハンバーガーを食べて、
「うますぎる!」
と叫んでいる動画のほうが、ずっと人を惹きつける。
だからコンテンツになる。
だから再生される。
だからまた作られる。
ここには、一つの循環がある。
欲望がコンテンツを作り、コンテンツがまた欲望を刺激する。
そして、その循環の中で、
「それを食べ続けたら体はどうなるのか?」
という話は、どうしても脇に追いやられる。
そんなことを考えさせられるニュースがあった
8月28日、サンドウィッチマンの伊達みきおさんが、脳梗塞の治療のため年内いっぱい休養すると発表された。
幸い、命に別条はないと報じられている。
もちろん、今回の病気と食べ物の番組を結びつけるつもりはない。
病気の原因について、外野が勝手なことを言うべきでもない。
ただ、このニュースを見て、
「食べる」ということについて、一度立ち止まって考えてみてもいいんじゃないか
と思った。
僕たちは、あまりにも簡単に、
「食べること=幸せ」
と考えていないだろうか。
人生には、陰と陽がある
僕は昔から、
何かを得ようとすれば、何かを失う
と思っている。
これは投資だけの話ではない。
人生そのものがそういう構造になっている。
お金を得れば、時間を失うことがある。
地位を得れば、自由を失うことがある。
名声を得れば、プライバシーを失うことがある。
便利さを得れば、身体を使う機会を失うことがある。
食欲を満たせば、その代償を身体が支払うこともある。
陰と陽。
表と裏。
テイクとギブ。
片方だけを永遠に増やすことはできない。
地球上で生きている限り、
「得るだけ」というゲームは存在しない。
芸能界にも同じことがある
芸能界は、普通のサラリーマンより大きなお金を稼げる世界だ。
もちろん、その分だけ厳しい世界でもある。
僕は、だからこそ昔から、
明石家さんまさんやビートたけしさんのような人たちをすごいと思っている。
自分が得たものを、後輩や周囲に返していく。
若手に奢る。
スタッフを気遣う。
自分が売れて得たものを、自分だけのものにしない。
これは単なる「太っ腹」という話ではない。
先に与える。
という考え方だ。
昔ながらの芸人には、こういう感覚がかなりあったように思う。
売れたら後輩を食わせる。
自分が売れるまで世話になった人に返す。
周囲に利益を分配する。
もちろん、昔の芸能界を美化しすぎるつもりはない。
今の芸能人にも、そういう人はたくさんいるだろう。
ただ、
「自分が得たものを、どう周囲に返すか」
という発想そのものが、昔より見えにくくなったように感じる。
「ギブ」は大きなことでなくていい
ここで言いたいのは、
「成功したら大金を寄付しましょう」
という話ではない。
もっと小さくていい。
誰かにご飯をご馳走する。
誰かを助ける。
募金する。
神社でお賽銭を入れる。
困っている人に手を貸す。
スタッフに感謝を伝える。
自分が得た知識を誰かに教える。
こういうことだって、立派なギブだと思う。
そして僕は、
「自分が得る前に、少し与えておく」
という考え方が大切なのではないかと思っている。
FXは「テイク」が先に来る仕事だ
ここで、話をFXに戻したい。
FXという仕事は、基本的に「テイク」が先に来る。
市場から利益を取る。
相場からお金を取る。
自分の資産を増やす。
もちろん、損失を出すことはギブではない。
それは単純に、
自分のお金が減っただけだ。
だからこそ、僕はFXをやる人ほど、
意識的に「ギブ」を作ったほうがいいと思っている。
トレードで利益が出た。
では、その一部を誰かに返す。
募金でもいい。
お賽銭でもいい。
誰かに食事をご馳走してもいい。
トレードを教えてくれた人に感謝するのもいい。
自分自身への教育に使うのもいい。
トレード塾に入ることだって、正しい意味での自己投資なら「ギブ」になる。
自分の未来に対して、先に何かを与える。
欲しい金額の2%を先に出す
「稼いだ金額の2%をギブする」
という考え方がある。
僕は、これを面白いルールだと思っている。
100万円稼いだら2万円。
500万円なら10万円。
1,000万円なら20万円。
もちろん、2%という数字に科学的な絶対性があるわけではない。
大切なのは数字そのものではなく、
「得たら、その一部を返す」
という習慣だ。
人間は、利益が出ると、
「もっと欲しい」
となる。
100万円なら次は200万円。
200万円なら500万円。
500万円なら1,000万円。
際限がない。
だからこそ、
テイクだけを続けないための、自分なりのルール
を持っておく。
それが2%でもいい。
1%でもいい。
5%でもいい。
大事なのは、
「自分は受け取るだけの人間にはならない」
と決めることだ。
伊達さんがくれた、ひとつの気づき
今回の伊達さんのニュースを見て、
僕はそんなことを考えた。
伊達さんが病気になった理由を、僕たちは知らない。
だから、そこに勝手な意味をつけるべきではない。
でも、そのニュースをきっかけに、
「食べることって何だろう」
「健康って何だろう」
「得るって何だろう」
と考えることはできる。
そして、
「自分は最近、テイクばかりになっていないだろうか」
と振り返ることもできる。
誰かが身を挺して与えてくれた、とまで言うと少し大げさかもしれない。
でも、芸能人が自分の身体を使って仕事をし、その姿を僕たちが見て、笑ったり楽しんだりしてきた。
その存在を通して、何かを考えるきっかけをもらうことはある。
それなら、
「ありがとう」
の代わりに、こちらから何か一つ返してみてもいい。
食べることも、稼ぐことも、同じなのかもしれない
食べる。
身体から何かを受け取る。
稼ぐ。
市場から何かを受け取る。
どちらも「受け取る」行為だ。
でも、受け取るだけでは循環が止まる。
食べたら、身体はそれを使う。
稼いだら、お金も使う。
知識を得たら、誰かに伝える。
成功したら、後輩を助ける。
お金を得たら、その一部を社会に返す。
そうやって循環する。
僕はこれが、昔から言われてきた陰陽の感覚なのではないかと思っている。
FXで稼ぎたい人へ
もしあなたがFXで、
「月100万円稼ぎたい」
「年間1,000万円稼ぎたい」
と思っているなら、
その金額だけを考えるのではなく、
「それだけ稼げたら、自分は何を返すのか」
も一緒に考えてみたらどうだろう。
2%でもいい。
1%でもいい。
金額でなくてもいい。
誰かに食事をご馳走する。
家族に何かを買う。
寄付をする。
神社でお賽銭を入れる。
誰かの学びにお金を使う。
自分自身の教育に投資する。
何でもいい。
先にギブを作っておく。
そうすれば、
「もっと、もっと」
というテイクだけの人生から、少しだけ距離を置けるかもしれない。
---
テレビでは今日も、
誰かが何かを食べている。
明日もきっと、
新しい店が紹介される。
誰かが、
「うまい!」
と叫ぶ。
僕たちはそれを見て、
「おいしそうだな」
と思う。
それ自体は悪いことではない。
食べることは楽しい。
おいしいものを食べることも、人生の大切な楽しみだ。
でも、
おいしいものを食べることと、健康であることは同じではない。
そして、
お金を得ることと、豊かになることも同じではない。
何かを得れば、何かを失う。
だからこそ、
**得る前に、少し出しておく。**
テイクが続く人生なら、
その前に小さなギブを置いておく。
それは募金でもいい。
お賽銭でもいい。
誰かへのご馳走でもいい。
学びへの投資でもいい。
たった2%でもいい。
大切なのは、
「自分は何を得るか」だけではなく、「自分は何を返すか」まで考えること。
今回のニュースを見て、僕はそんなことを考えた。
そして伊達さんには、一日も早いご回復を願いたい。
僕たちは、今日も食べる。
今日も稼ぐ。
そして、今日も何かを受け取る。
だったら、その中からほんの少しだけ、
誰かに返してみよう。
テイクの前に、ギブをしておく。
案外、それが長く豊かに生きるための、シンプルな作法なのかもしれない。