「あぶないよ」「せっかく作ったのに」。愛情のつもりが、つい求めすぎてしまう母の話

「あぶないよ」「せっかく作ったのに」。愛情のつもりが、つい求めすぎてしまう母の話

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占い
こんにちは、数秘カウンセラーのりさこです。
「おやこ数秘のおはなし」03回目は、子どもではなく、わたし自身の話です。

数秘には、誕生日から出す数字がいくつかあって、そのひとつに「チャレンジナンバー」があります。人生の中で向き合っていくテーマのようなものです。

わたしのチャレンジナンバーは6。
6のテーマは、無償の愛を探究して、周りに愛を分かち合うこと。

これを知ったとき、思わず「わ〜、やっぱり!」と声が出ました。
わたしはずっと、「愛情ってどういうものなんだろう」と考えてきたからです。

愛情はある。でも、つい求めてしまう

子どもが生まれてから、子どもへの愛情はもちろんあります。
でも、その愛情がちょっと空回りしてしまうことがよくありました。

たとえば、公園で遊んでいるとき。
子どもが高いところに登ろうとすると、怪我が心配で、すぐに「あぶないよ!」と言ってしまう。
そのうち子どもは、新しいことにチャレンジするのを億劫に感じるようになっていました。

食事もそうです。
「せっかく作ったんだから食べてよ」という気持ちが、つい言葉や態度に出てしまう。

夫に対しても同じで、「これだけやったんだから」と、どこかで見返りを求めてしまう自分がいます。

本当は、子どもには自由にのびのび遊んでほしいんです。
遊びの中で、自分で危ないことに気づいて、自分で対処できるようになってほしい。
食事だって、全部じゃなくていいから、一口くらい食べてみてほしい。

願っていることは、ちゃんとある。
でも、心配や「こうしてほしい」が先に立って、気づけば支配的になっていました。

6を知って、「ああ、わたしはまだこのテーマを上手に使えていないんだな」と腑に落ちました。

6を知ってから、意識していること

それからわたしが意識するようになったのは、子どもとの間に「境界線」を引いて考えることです。

子どもは子ども、わたしはわたし。
子どもが転ぶ経験も、食べるかどうかを決めることも、子ども自身のもの。
わたしが全部を背負わなくていいんだ、と思えるようになりました。

そしてもうひとつ、まず自分を満たすこと。

周りに愛情を分かち合うには、まず自分のコップを満たして、そこから溢れた分を配るのが大事だと思っています。
自分がカラカラのまま愛情を配ろうとすると、どうしても「こんなにあげてるのに」と見返りがほしくなってしまう。
だから今は、自分を満たすことを、わがままではなく必要なこととして大事にしています。

まだまだ練習中ですが、「あぶないよ」を飲み込んで見守れる日が、少しずつ増えてきました。

おわりに

数秘を学んで感じるのは、生まれ持った人生の目的地は、人によってちがうんだな、ということです。

わたしの目的地は「愛を分かち合うこと」。
だからこそ、今つまずいているところも、目的地に向かう途中なんだと思えるようになりました。

あなたの目的地は、どんな場所でしょう。
お子さんの目的地は?
もし少しでも気になったら、数秘をのぞいてみてもらえたらうれしいです。
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