職場における特性やグレーゾーンへの配慮の難しさ。

職場における特性やグレーゾーンへの配慮の難しさ。

記事
コラム
職場において、特性やグレーゾーンへの配慮は本当に難しいです。
実際、私自身も企業現場で、それこそ数えきれないほど相対してきました。
「配慮の難しさ」であり「対応の難しさ」とも言えます。

グレーゾーンは医学的な病名や障害名ではなく状態をあらわす概念でしかありません。
検査を受けても基準を満たさないため、診断名が付かない場合もあるし、そもそも本人がそうだと認識していないので検査を受けていない(こちらが多数)ということもあるでしょう。
結果、何らかの特性を持っていたり、傾向があったりという感じの曖昧さが更に難しさをプラスさせていきます。

例えばこんなこと

「注意欠如」の傾向があるスタッフがいたとします。
「ただミスが多い人」と、周囲の人が捉えている場合はよくあります。

すると、「ちゃんと落ち着いて、注意して業務にあたれば、ミスを防ぐことはぜんぜん難しくない」
という結論に大抵落ち着いてしまいます。

単純にミスだけにフォーカスして、この指導方針で進めてしまうと、時間が経過するごとに着地点はとんでもない方向にいってしまいます。
私自身も、この失敗を何度も何度もやらかしてきました。


そこには相互理解が無く、
かたや「ミスを防ぐ努力をしないのが悪い」(繰り返すと攻撃的になる)
かたや「なぜ自分はこうもミスが多く、直せないのだろう・・」→自己効力感を失っていく。
となってしまうわけです。
その先に待つ結末は言わずもがなです。

周囲と本人の状況理解

これは、周囲(指導する者等含む)が、その人の特性を理解していなくても起こるし、本人が自分で理解していなくても起こります。
「理解している」・「理解していない」
これを双方に当てはめてたパターンの数だけ、配慮や対応のパターンが多数変化します。
実際は、これ以外の仕事内容、職場の環境、組織文化などのファクターが介在して更に複雑さを増します。
本人が特性を理解しているのか?理解していないのか?が不明な場合は、更に複雑になります。

例えば、上司からみて「どうもこの人にはADHD(「不注意」「多動性」「衝動性」)の傾向がありそうだ」と感じたとします。
仕事をしている中で、その人の特性や傾向は事実として表れている。

だからと言って、「〇〇さん、あたなはADHDの傾向がありそうだね」とは、面と向かって相手に言えないと思います。
ましてや、専門知識もないのに真実かどうかも判りません。

こうなると、お互い手探りでやるしかないということにもなります。
指導する側が勝手に配慮をしすぎても成長を妨げてしまうし、配慮をせずに通常の指導をしてしまうと、本人にとっては凄まじいプレッシャーになり、自己効力感がどんどん弱まってしまう結果になりかねません。
このように現場で実際に起こる問題として、グレーゾーンや特性の難しさはここにあります。

これが、障害者雇用として入社したのであれば、配慮事項として職場と本人の間で認識共有ができるので、お互い随分と仕事がしやすくなります。
もしくは、診断名がつかないグレーゾーンであっても、本人が認識して、会社や職場の上司に申告すれば、同様に配慮をしてもらいやすいと思います。

オープンか?クローズドか?

しかし、グレーゾーンであっても、診断名が付いていても、本人の希望で「オープン」にしていない場合も多々あります。
私の経験の中で、このようなことがありました。

あるフリーターさんを面接して採用を決めました。
人あたりもよく、意欲も大変感じる人でした。
求人面接においても時間をしっかりかけ、仕事の内容や方向性をしっかり伝え、本人のことも色々と話してもらいました。

しかし、あらためて初日のオリエンテーションで、本人から「電話には出られない」、「レジなど対人接客」ができないという申告がありました。
後の話し合いで、障害者手帳を持つ人であったことが判明しました。
これには正直愕然としました。

接客が当たり前の業種であり、電話は毎日数十件かかってくるのが当たり前の仕事です。
当時の私は、耳を疑いました。
気持ちの中で「それなら何故ここに応募して入社したのか???」という疑問しか沸きませんでした。

「自分の状況を説明していないのは、あちらの方だから、入社のお断りをしようか・・」
先方に対する処遇に迷いました。
この頃、少なくとも私の中には、グレーゾーン、発達障害、特性などの知識は全くなかったし、それほど社会的認知も進んでいなかった時代でした。

当時の私からすると「変な人に関わってしまった」という気持ちしかなかったのが正直なところです。

お店の運営状況からしても、接客や電話ができないスタッフを雇用する意味は、その時点では皆無でした。
それを雇用するのかと判断しようにも、自分の中でも前例が全くありません。
色々と自問自答するなかで、これは本当に偶然ですが「いや!いっそ、それ以外の裏方の仕事に徹してもらうというのはどうだろう?」と考えました。

正直なところ、そこにひらめきがあったわけでもないし、何かに配慮しようという気持ちもありませんでした。
強いて言うのであれば「試験的に」という感じでしかありませんでした。

その後、その人と再びじっくり話し合い「できること・できないこと」を確認したうえで、通常のスタッフと同様の給与は出せないこと(同一労働同一賃金)をお互い合意のうえで、仕事に就いてもらうことにしました。

そして、本人同意の基で、他スタッフに対して特性を説明し、給与待遇やできる仕事内容も説明して各自に納得してもらいました。

当初はどうなることかと思っておりましたが、結果的に情報共有が非常に上手くいったことで、お互いわだかまりなく仕事ができた好例となりました。

どちらが望ましいのか?

オープンか?クローズドか?・・これは当事者によって様々な捉え方があることでしょう。
特性があるとみられるのが恥ずかしい、色んな意味で色眼鏡で見られる不安・・・。
それは当然です。
しかし、それは本人が好きでそうなったということではありません。
なのに、世間では色眼鏡で見られるというのが現実として多数あります。
そういった理由もあり、クローズドで動かれる方もかなりいらっしゃいます。

しかし、私の経験から言わせていただくと、やはり「オープン」にしておくほうが、圧倒的に生きやすいと言えます。
「できること・できないこと」がハッキリしていれば、仕事というのは、必ずやりようがあるものです。
特に現代においては、こういった事に対する認識が、かなり拡大してきているので、当時に比べれば圧倒的に周囲の理解も得やすいと思います。

もともと仕事というのは役割分担です。
持ち場があり、専門があり、得意不得意があります。

従来の日本の雇用環境や文化もありますが、ジェネラリスト(特定の分野に偏らず、幅広い領域の知識・経験・視野を持つ人材)的に人財を見る傾向があまりにも強いので、役割分担の重要性を理解しつつも、やはり広く何でも対応できる人が重宝優遇されてしまう面は今もなお続いています。

月並みですが、多様性の文化は世界的にも日本的にも浸透が進んでいる現代です。
相互理解の基、できること・できないことを上手にカバーしあい、成果を上げることに繋がれば、会社もそこで働く従業員もより良くなっていきます。
私は実際にそれを多数目撃してきました。

当事者にとっても、職場の人々にとっても難しい問題ですが、お互いが少しでも楽しく楽に仕事ができるように、私も実践経験をもとに、キャリアコンサルティングを通じて、皆さまをお手伝いしていきたいです。
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