ワンド7逆 何気なく立っている、その山の大きさは

ワンド7逆 何気なく立っている、その山の大きさは

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昨夜大好きな映像監督のXを見てたら久しぶりに映画的エモーショナルを纏うことができたので、獲物を見つけた獣のように最近の自分のことをiPhoneのメモに高速フリックしてそのまま寝落ちしていた。起きてから映画的な熱が冷めないうちに書き終えたかったけど、ピラティスの予約時刻が迫っていたから仕方なく支度をした。

人は皆、基本的に雨が嫌いだから(最近は水害が多く大きな被害を受けている方もいらっしゃるので…)あんまり大きな声では言えないけど、今日みたいな雨はサイコー!でしかない。雨サイコー!雨サイコー!雨サイコー!と心の中で叫びながら、雨をより間近に感じるためにわざわざ大きな公園の水たまりが多い道を通ってピラティスのスタジオへ向かった。「チェンソーマン」のビームはこういう気持ちでチェンソーマンを讃えているのだなと完全理解した。

雨が好きな理由はいくつもあるけど、その一つとして、タスクがあって助かるというのがある。
信号待ちなんかしていると、私って今までどうやって腕を違和感なく収めていたっけ?とわからなくなって、そのうち首の傾きとか視線の先も正解がよくわからなくなり、平静を装うために用もなくiPhoneを開いた瞬間、信号が青になるなんてことが、傘をさしていれば起き得ないのである。
雨の日は違和感の境界がゆるんで、私の歪さが白日のもとに晒されないまま街を歩けるから嬉しい。
いつも何かに集中していないと気付いてしまうから、決定的ストレスにはならない程度の非日常や負荷を必要としているのかもしれない。

スタジオ近くの弁当屋を通ると、従業員らしきお姉さんが店の裏手で休憩していた。こちら側に背を向ける形で立って煙草を吸い、屋根がないからそこに置いてある棚の中に手を伸ばすことで煙草の火を雨から守っていた。適当に結えた茶髪や小ぶりのゴールドネックレス、エプロンの下で生活感が漂うボーダーのカットソー、スキニーデニムとスニーカー、下を向き煙草を隠すように吸っているその後ろ姿を、秋の絵葉書にして配り歩きたい。少し通り過ぎてから立ち尽くした。
どう言葉にすればいいかわからないけど、10代からハタチになる頃の、専門学生時代のあの、なんでもあり感。少なくとも私がこれから予定しているピラティスとは対極の位置にある逸脱性。それを近所で見つけられるなんて嬉しかった。感動した。

ピラティスを終えると、卒業以来会っていない専門学校の友達から「桃ちゃんの考えてることが知りたい、ご飯でも行かない?」と連絡があった。
最近はただでさえカオスな自分をコントロールするために、生活をソリッドに収縮させて、友達や周囲の人に注目しないよう、一人で未来を建設、対峙している感覚だった。
だから数年ぶりにわざわざ連絡をくれて話したいと言ってくれるほど、誰かの視界に入りこめていたこと、そして一人の目に写ってるということは、私が知らないだけで他にもそういう人がいてくれているはず、という希望的観測にワクワクした。
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今日はワンド7の逆。逆位置が出た時には、カード下部分の象徴に着目する。
そうすると、自分のことに必死で気付けなかった、自分以外のワンドが何本も蠢いていたことを知る。そういえば私以外にも、戦っている人は近くにたくさんいたんだ。
そうやって他者の所在地を知ると同時に、自分はここまで登ってきたんだ、来れたんだと、今何気なく立っているその山の大きさを自覚して、非凡を愛でる、そんな一日だった。
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