【怪異記録02】鏡の中の扉
これまで数多くの除霊の依頼を受けてきた。
普段は復縁や相手の気持ちなど、恋愛相談を中心に霊視鑑定を行っているが、霊障に関する相談も決して少なくない。
除霊そのものは、特別珍しい仕事ではない。
ただ、その最中に起きる出来事の中には、長年この仕事をしている私にも、どうしても説明できないものがある。
今回は、以前ある美容室で経験した、不思議な話を紹介したい。
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その依頼を受けたのは、今から何年か前のことだった。
相談者は、個人で美容室を経営している40代の女性だった。
半年ほど前から、閉店後の店内で奇妙な音がするという。
「誰もいないのに、ハサミの音がするんです」
最初は何のことか分からなかった。
詳しく聞くと、夜の片づけを終え一人で帳簿をつけていると、奥のセット面から音が聞こえてくるらしい。
チョキン。
チョキン。
まるで誰かがハサミを使って髪を切っているような音だという。
もちろん、営業は終わっている。
スタッフも帰宅している。
店内には自分しかいない。
それでも、音は毎晩のように聞こえてくるらしかった。
最初は外から聞こえる音だと思ったそうだ。
しかし、ある晩に音のする場所を確かめようと近づいてみると、明らかに店内から聞こえていたという。
「先生、誰かがまだ仕事をしているみたいなんです」
その言葉が少し気になった。
私は一度、閉店後のお店を見せてもらうことにした。
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訪れたのは、商店街から少し外れた場所にある、小さな美容室だった。
店内にはセット椅子が三脚。
それぞれの正面に大きな鏡が取り付けられていた。
奥にはシャンプー台が二つあり、その横にタオルや備品を保管する小さな部屋があった。
清潔で、明るい雰囲気のお店だった。
女性はすでに営業を終え、店内の掃除を済ませていた。
「先生、音がするのはいつもここなんです」
そう言って、奥から二番目のセット椅子を指さした。
私はその場所に立ち、しばらく目を閉じた。
妙な感覚があった。
そこに誰かが立っている、というものではない。
むしろ、誰かがずっと同じ動作を繰り返しているような、そんな印象だった。
私の意識には、ハサミを持つ手の動きと、鏡に向かってわずかに身をかがめる情景が浮かんでいた。
「以前、ここを使っていた方がいらっしゃいませんか?」
女性は不思議そうな顔をした。
「スタッフですか?」
「ええ。長く勤めていた方で、最近はいらっしゃらない方です」
女性は少し驚いた様子だった。
話によると、一年ほど前まで、この店には年配の男性美容師が勤めていたという。
以前の経営者で、女性に店を譲ったあとも、週に何度か店に出ていたらしい。
しかし、体調を崩して退職し、その後亡くなったそうだ。
「そういえば、あの人はいつもここを使っていました」
女性は、先ほどの椅子を見つめながら言った。
「ほかの椅子が空いていても、必ずここだったんです」
私はもう一度、その鏡に目を向けた。
何かが引っかかっていた。
ただ、それが亡くなった男性の気配なのかどうかは、まだ判断できなかった。
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午後10時を少し過ぎた頃だった。
私たちは店内の照明を少し落とし、音がするという時間まで待っていた。
女性は受付の椅子に座り、私は奥のセット面の近くに立っていた。
しばらくすると、小さな音がした。
チョキン。
私は顔を上げた。
続いて、もう一度。
チョキン。
チョキン。
確かにハサミのような音だった。
それも、床や壁からではない。
私のすぐ近く。
セット椅子の後ろあたりから聞こえていた。
私は音のした場所に意識を集中させた。
目には何も映らない。
しかし、そこには明らかに、通常とは異なる気配があった。
女性が小声で言った。
「先生、これです。いつもこの音なんです」
私は静かにうなずいた。
「分かりました。少し確認させてください」
私は女性にその場で待ってもらい、店内を一通り見て回った。
そして、もう一度問題のセット椅子へ戻った。
そのとき、ふと鏡に映った景色が気になった。
鏡には、私の後ろにある備品室の扉が映っていた。
白い、ごく普通の木製の扉だった。
ただ、何かがおかしかった。
扉が、少し開いている。
私は振り返った。
備品室の扉は閉まっていた。
気のせいかと思い、もう一度鏡を見た。
やはり開いている。
ほんの十センチほどだったが、鏡の中では確かに扉が開いていた。
もう一度、実際の扉を確認した。
閉まっている。
私は、何度か視線を往復させた。
現実の扉は閉まっている。
しかし、鏡の中では開いている。
この仕事を長く続けていると、ときに視覚ではなく、意識の中に情景が重なって見えることがある。
だが、このときは少し違った。
鏡の中の扉が、あまりにも自然に見えていたのだ。
私は女性に尋ねた。
「すみません。あの備品室の扉、今開いてますか?」
女性は振り返った。
「閉まってますけど……」
「鏡の中では?」
女性が鏡に目を向けた。
その瞬間、表情が変わった。
「……え?」
女性は立ち上がると、実際の扉を見た。
そして鏡を見る。
もう一度、扉を見る。
「先生……開いてますよね?」
声が震えていた。
私には、それが単なる霊視の情景ではないことが分かった。
女性にも、同じものが見えていたのだ。
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私は女性に、少し離れた場所で待ってもらうよう伝えた。
そして、問題のセット面で除霊を始めた。
このとき感じていた気配には、強い敵意や怒りのようなものはなかった。
ただ、長い間そこに留まり、何かを繰り返しているような感覚があった。
私は静かに意識を集中させ、その場所に残る気配を読み取りながら、必要な作法を進めた。
しばらくすると、先ほどまで感じていた重苦しさが、少しずつ薄れていった。
店内の空気が変わったように感じた。
そのときだった。
カタン。
小さな音がした。
私は顔を上げた。
鏡の中で、備品室の扉が閉まっていた。
ほんの一瞬のことだった。
私はすぐに実際の扉を確認した。
最初から閉まっていた扉は、そのままだった。
女性も、その音を聞いていた。
「今、閉まりましたよね……?」
私は静かにうなずいた。
鏡に目を戻すと、そこにはもう、普段どおりの店内が映っていた。
先ほどまでの異様な気配も消えていた。
私は除霊を終え、女性に様子を説明した。
その後、女性から何度か連絡をいただいたが、あのハサミの音は一度も聞こえなくなったという。
お店も変わらず営業を続けているそうだ。
除霊は無事に終わった。
それ自体は、いつもと変わらない仕事だった。
ただ、今でも時折、あの夜のことを思い出す。
実際の扉は、一度も動いていなかった。
それなのに、鏡の中の扉が閉まった瞬間、私たちは確かに音を聞いた。
あの音は、鏡のこちら側と向こう側、いったいどちらから聞こえたのだろうか。
そして、そう考えるたびに、もう一つ気になることがある。
あの夜、私たちが最初に聞いた、ハサミの音。
あれも、鏡の向こう側から聞こえていたのだとしたら……。
私は、あのときの光景を思い返す。
誰もいないセット椅子。
その後ろから聞こえる、規則正しいハサミの音。
そして、鏡の中だけで開いていた扉。
あの夜、鏡の向こうでは、いったい誰の髪を切っていたのだろう。