出雲大社での不思議な体験

出雲大社での不思議な体験

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占い
人生には、どうしても理屈だけでは説明できない出来事があります。
僕はもともと理系の人間です。何か不思議なことが起きても

「偶然だろう」
「何か原因があるはずだ」

と、まず理屈で考えるタイプでした。
ところが長い人生の中で どう考えても
説明のつかない出来事を何度か経験しました。
その一つが出雲大社での体験です。

少し前 高校時代の同級生がグループLINEに送ってくれた一枚の写真がありました。鮮やかに咲いたサボテンの花です。その魔性ともいえる美しさを眺めているうちに、不思議なことに昔の記憶が次々と蘇ってきました。

最初に思い出したのは、30代の頃に訪れたインドネシアのボロブドゥール遺跡です。寺院の暗い空間の中心に立ち、静かに目を閉じて瞑想を始めた瞬間でした。突然、脳天を電流のようなものが走りました。自分でも何が起きたのか分からず、同行していた人たちも、ただ事ではない僕の様子に驚いていました。

そして50代の頃です。
妻と出雲大社を初めて参拝しました。
この日は日本中の神々が
降臨される特別な日でした。
妻と一緒に靴を脱いで
大広間に上がり拝殿しました。

「きゃ〜 どうしたん!
 あんたの背中びしょ濡れ〜!!」

と 突然 妻の悲鳴 😱

確かに雨でもないのに
僕の背中はびしょ濡れでした。
勿論 汗でもありません。

水がかかったのかな?
と思って周りの人を見回しましたが
誰一人濡れていません。
あまりにも不思議なので
神社の方に訊きました。

「ごく稀にそういう方が
 いらっしゃいます。
 神様がご挨拶されたのだと思います。
 ご心配には及びません。
 神様に選ばれたとお考え下さい。
 濡れたのは聖水のようなものと
 お考え下さい」

だって、、😱

僕は理系なので何でも理屈で解明しようとしてましたが それが出来ない不思議な世界があることも知りました。
今は UFO も超常現象も何でも素直に受け入れています。

これが本当に何だったのか 
今でも僕には分かりません。
でも僕はその時から
少し考え方が変わりました。

世の中には、
「まだ自分が知らないこと」が
まだまだ沢山あるのではないか
目に見えるもの
数字で証明できるものだけが
全てではないのではないか?
そう思うようになりました。

占いも、僕は同じように考えています。
占いが人生を決めるのではありません。
未来を断言するものでもありません。

ただ、時には自分でも気づいていなかった心の声や、今の自分が見落としていることに気づくきっかけになる。
そして迷った時に、
「別の角度から自分の人生を見てみる」
ための一つのヒントになることがあります。

出雲大社で起きたことが何だったのか、
今でも答えは分かりません。
でも、分からないからこそ
今でも深く心に残り続けています。

長い人生の中で理屈だけでは
説明できないこともあります。
そんな時、無理に答えを決めつけず

「これは自分に何を伝えようと
 しているのだろう?」と静かに
考えてみるのもいいのかもしれません。

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