◆ ずっと待っていた「ごめん」のはずなのに
何度も思い描いてきた。あのとき、ちゃんと謝ってほしかった、と。
そして、ようやくその言葉が届いた。待ち望んでいたはずなのに、なぜか胸が苦しくなる。嬉しいはずなのに、うまく喜べない。むしろ、前より落ち着かなくなってしまった。
こういうご相談を、これまでにも何度かお受けしてきました。
自分でも不思議で、「どうして素直に受け取れないのだろう」と、さらに自分を責めてしまう方も、少なくありません。
◆ 頭が望んだことと、躰が構えることは別
まず、お伝えしておきたいことがあります。
頭で「謝ってほしい」と望んでいたことと、躰が謝罪をどう受け取るかは、別の働きです。
頭は、謝罪を「関係が良くなるきっかけ」として望んでいます。けれど躰は、過去の経験から、謝罪を別の意味で覚えていることがあります。
◆ 躰が覚えている「謝罪」の意味
たとえば、謝られたあとに、同じことがまた繰り返された経験。
あるいは、謝られた途端に、「許す側」に立たされて、自分の気持ちを後回しにした経験。
謝罪が、話し合いの始まりではなく、話を打ち切る合図だった経験。
こうした経験があると、躰は「謝られる」という場面を、安心ではなく、次に何かが起きる前の合図として覚えます。だから、待ち望んでいた言葉が届いても、喜びより先に、身構える反応が立ち上がります。
◆ 苦しくなる形は、いくつかある
苦しくなり方は、人によって違います。
嬉しさより先に、疑いが浮かぶ。「また同じことになるのでは」と、先回りして警戒する。
あるいは、「許さなければ」と焦る。謝られた以上、受け取らなければ悪い人になってしまう気がして、自分の気持ちが追いつく前に、答えを出そうとしてしまう。
そして、「謝らせてしまった」と、自分を責める。相手が謝る状況を作ったのは自分かもしれない、と考えはじめる。
どれも、頭で選んだ反応ではなく、謝罪に触れた瞬間に、先に立ち上がってしまう反応です。
◆ 素直に受け取れない自分は、冷たいのではない
素直に喜べない自分を、冷たい人間だと感じる必要はありません。
その反応は、かつて、謝罪のあとに傷ついた経験があるからこそ、同じ傷を避けるために、先回りして働いているものです。受け取る前に確かめる。喜ぶ前に備える。それは、あなたを守るために身についた形でした。
◆ 相手の「ごめん」と、自分の反応を分けて視る
鑑定では、ここを混ぜずに視ます。
お相手様の「ごめん」が、お相手様の側でどういう状態から出てきた言葉なのか。そして、その言葉に触れたとき、ご自身の躰が何を感じ取って、どう構えたのか。この二つは、別のものです。
混ざったままだと、相手の言葉の意味を、ご自身の不安だけで決めてしまったり、逆に、反応の強さを、相手の言葉の重さだと思い込んだりします。分けて視ることで、返事の前に、何が起きているのかが見えてきます。
◆ 答えを出す前に、反応の形を確かめる
謝られたあと、すぐに答えを出さなければと思う方がいます。
けれど、その前に、まず確かめていただきたいことがあります。謝罪に触れた瞬間、躰のどこが、どう動いたか。胸が固くなったのか、息が浅くなったのか、頭が真っ白になったのか。
その形が分かると、「今の私の反応は、この言葉に対してのものなのか、それとも、昔の謝罪の記憶に対してのものなのか」を、少し距離を置いて眺められるようになります。
◆ 結びに
もし、待ち望んでいた言葉に、素直に喜べなかったなら。
それは、あなたの気持ちが冷めたからではなく、躰がかつての記憶を頼りに、身構えているからかもしれません。
その反応がどこから来ているのか、一緒に視てみませんか。