【照合】を視るということ

【照合】を視るということ

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占い
◆ 三つの層を、混ぜずに並べる

ここまで、【現在】【反応】【躰記憶】と、三つの層について書いてきました。
実際に起きていること。それに触れたとき立ち上がる反応。その反応の奥に残る、躰の記憶。

鑑定では、この三つを、順番に取り出します。
そして四つ目の層で、それらを混ぜずに、並べて照らし合わせます。これが【照合】です。

◆ 苦しさの多くは、層が混ざったところで生まれる

たとえば、返信が来ない、という場面があったとします。
実際に起きているのは、返信が来ていない、ということだけです。
そこで胸が縮む反応が立ち上がり、その奥に、「沈黙のあとには、何かを失う」と躰が覚えている形が重なっている。

この三つが混ざったままだと、「返信が来ない=見捨てられる合図」という一本の線に見えてしまいます。
けれど照らし合わせてみると、実際に起きていることと、そこに感じている重さの間に、ずれが見つかることがあります。

◆ 相手のせいにしても、自分を責めても、苦しさが戻る理由

層が混ざったまま、原因を探そうとすると、答えは二つに分かれがちです。
相手が悪いのか。自分が悪いのか。

けれど、どちらの答えを選んでも、同じ苦しさが戻ってくることがあります。
問題が、相手の側にあるのか、あなたの反応の側にあるのか、躰記憶の側にあるのか。その仕分けが済んでいないからです。
仕分けをしないまま、誰かを責めても、自分を責めても、苦しさの居場所は動きません。

◆ 照合で視えてくるもの

三つの層を並べると、次のような区別が見えてきます。
現実として、向き合うべきこと。
反応として、扱ってよいこと。
かつて必要だった働きが、今も残っているだけのこと。

特に恋愛のご相談では、お相手様の側で起きていることと、あなたの中で作動している反応が、ひとつに溶け合っていることが少なくありません。私が鑑定で最も時間をかけているのは、この境目を視定めるところです。

◆ 断定ではなく、仕分けとしてお渡しする

照合は、「あなたが悪い」「相手が悪い」と結論づけるためのものではありません。
視えた範囲を、視えたとおりに分けて、お渡しするものです。
どこまでが現実で、どこからがあなたの反応なのか。その仕分けを知ったうえで、どう受け止めるかは、ご本人が決めることです。


◆ 結びに

もし、何が本当の問題なのか、自分でも分からなくなっているなら。
問題が一つではなく、いくつかの層が重なっているだけなのかもしれません。

次回は、仕分けが済んだあと、何を整え、どこから動くのか、【開門】について書きます。
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