【躰記憶】を視るということ

【躰記憶】を視るということ

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◆ その合図は、どこから来ているのか

前回は、事実に触れたとき、あなたの中に最初に立ち上がる【反応】について書きました。
胸のざわつきや、固まってしまう感覚、確かめずにいられない衝動。それらは、考える前に起きている合図のようなものだとお伝えしました。

では、その合図は、どこから来ているのでしょうか。
その出どころを視るのが、三つ目の層、【躰記憶】です。

◆ 視ているのは、出来事そのものではない

躰記憶という言葉から、「過去に何があったのかを当てる」ことを想像される方もいます。
けれど、私が視ているのは、過去の出来事の一覧ではありません。

視ているのは、その出来事のなかで、あなたの躰が覚えたことです。
こうすれば傷つかずに済んだ。ここで身を引けば、これ以上は失わなかった。先に合わせておけば、場が荒れずに済んだ。
そうやって躰が身につけた「こうする」という形が、今の反応として残っている。それが、私の言う躰記憶です。

◆ 覚えていなくても、残っている

躰記憶は、頭で覚えているかどうかとは関係がありません。
「昔のことだから、もう気にしていない」と感じていても、似た場面に出会うと、躰のほうが先に動き出すことがあります。

たとえば、相手の沈黙に、必要以上に身構えてしまう。声の調子がわずかに変わっただけで、何かを間違えたのではと考えてしまう。
その反応の大きさが、目の前の出来事とつり合っていないとき、そこには今の出来事だけでは説明のつかない、別の層が重なっていることがあります。

◆ 反応の形から、遡って視る

私は鑑定で、【反応】の形を手がかりに、その奥にある躰記憶を視ていきます。
どんな場面で強く立ち上がるのか。近づこうとするのか、離れようとするのか、固まろうとするのか。その形が、どんな記憶の痕跡と重なっているのか。

視えるのは、あくまで視えた範囲のことです。
分からない部分を、それらしい物語で埋めることはしません。ご相談の中にないことを、あなたの過去として決めつけることもしません。

◆ 躰記憶は、あなたを責める材料ではない

ここまで読んで、「では、自分の過去が今の苦しさの原因なのか」と感じた方もいるかもしれません。
私は、そうは考えていません。

躰記憶は、かつてあなたを守るために身についた働きです。傷つく前に気づくための力であり、生き延びるために必要だった知恵でもあります。
ただ、その働きが、今のあなたにも同じだけ必要かどうかは、別の話です。そこを見分けるために、まず躰記憶の輪郭を、そのまま視ます。


◆ 結びに

もし、目の前の出来事より、自分の反応のほうが大きいと感じることがあるなら。
その奥には、あなたを守ってきた、躰の記憶があるのかもしれません。

次回は、目の前の事実と、あなた自身の反応、そして躰記憶を、混ぜずに照らし合わせる【照合】について書きます。
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