「私たちは、いったいどういう関係なのでしょうか」
占いをしていると、そんなご相談をいただくことがあります。
恋人ではない。
けれど、ただの友達とも言い切れない。
以前はよく連絡を取っていたのに、今は途切れている。
会えば自然に話せるのに、次の約束はない。
お互いに何かを感じているようなのに、関係はなかなか動かない。
そんな二人のあいだにあるものを、何と呼べばよいのでしょう。
関係に名前があれば安心できる
私たちは、関係に名前をつけたくなることがあります。
恋人。
友達。
元恋人。
片思い。
友達以上、恋人未満。
名前がつけば、自分がどこに立っているのか、
少し分かりやすくなるからです。
「会いたい」と言ってもよいのか。
相手を待っていてもよいのか。
それとも、もう次へ進んだほうがよいのか。
関係に名前がないと、自分の気持ちをどこに置けばよいのか、
分からなくなってしまうことがあります。
「私たちは何なのでしょう」
そう尋ねるとき、本当に知りたいのは、
関係の呼び方だけではないのかもしれません。
もしかすると、心の奥で知りたいのは、
私は、あの人にとってどんな存在なの?
ということなのではないでしょうか。
カードを見ても、ひとことで言えない関係
では、カードを引けば、二人の関係にはっきりとした名前がつくのでしょうか。
実際には、カードを前にして、すぐには言葉にできないこともあります。
たとえば、
カップの2・正位置
吊るされた男・正位置
世界・逆位置
こんな3枚が並んだとします。
カップの2からは、二人のあいだに、確かな気持ちの交流が感じられます。
相手を大切に思う気持ち。
心が通い合った時間。
ほかの人とは少し違う、特別なつながり。
けれど、その隣には吊るされた男がいます。
気持ちがあっても、今は動けない。
どちらかが待っている。
状況を変えたいのに、変えられない事情がある。
そして最後に現れたのは、世界の逆位置。
終わってはいない。
けれど、まだ完成もしていない。
この3枚を見たとき、
「両思いです」
「恋人になります」
「もう終わった関係です」
と、ひとことで言い切るのは、とても難しいのです。
気持ちはあるように見える。
二人のあいだに、何もなかったわけでもない。
それでも、今の関係を「恋人」や「友達」という言葉の中に、きれいに収めることはできません。
カードにも、名前をつけた瞬間に、何かがこぼれてしまう関係が現れます。
名前よりも、見つめてみたいこと
名前のない関係は、とても不安です。
自分だけが特別だと思っているのではないか。
相手はもう、何とも思っていないのではないか。
このまま待っていてよいのだろうか。
そんな気持ちになるのも、無理はありません。
だからこそ、カードを読むときには、関係の名前だけではなく、二人のあいだに何があるのかを、ゆっくり見ていきます。
相手は、どんな気持ちを抱えているのか。
なぜ、その気持ちを言葉や行動にできないのか。
今、二人の関係を止めているものは何なのか。
そしてもうひとつ。
私は、この関係の中で、どうしたいと思っているのか。
相手の気持ちを知ろうとしているうちに、自分の本音が見えなくなってしまうこともあります。
本当は、もっと会いたい。
曖昧なままでは寂しい。
大切にされていると感じたい。
ただ、一度きちんと話してみたい。
その気持ちに気づくことも、占いの大切な時間なのだと思います。
占いが、言葉にしてくれるもの
占いは、二人の関係に正式な名前を与えるものではありません。
カードが見せてくれるのは、名前の奥にある気持ちや、まだ表に出ていない事情です。
「この関係は何ですか」という問いの中には、
私は、何を信じたいのでしょう。
この人と、どんな関係になりたいのでしょう。
私は、どんなふうに大切にされたいのでしょう。
そんな、まだ言葉になっていない願いが隠れていることもあります。
占いは、関係に名前をつけるというよりも、
名前のつかない気持ちを、一緒に見つけていくものなのかもしれません。
まだ、何と呼べばよいのか分からなくても
世の中には、どんな言葉を当てはめても、きれいに収まらない関係があります。
恋人にはならなかった。
未来を約束したわけでもない。
けれど、その人と出会ったことで、自分の考え方や生き方が変わった。
もう会わないかもしれない。
それでも、その人の存在まで、なかったことにはできない。
それを未練と呼ぶのか。
失恋と呼ぶのか。
人生の途中で出会った、大切な人と呼ぶのか。
今はまだ、決められなくてもよいのだと思います。
名前をつけたことで、心が楽になるものもあります。
けれど、急いで名前をつけなくても、確かにそこにあった気持ちは消えません。
その人とのあいだに何があり、
自分は何を感じ、
何を大切にしてきたのか。
そのすべてを含んだ言葉を、私はまだ知りません。
だから今は、こう呼んでおこうと思います。
名前はつかなかったけれど、確かにあった関係。