「15年前のあの日、私の面談は変わりました。」

「15年前のあの日、私の面談は変わりました。」

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ブログを覗いてくださり、ありがとうございます。
横山と申します。

このブログは、『私の生徒面談の原点』となる経験のお話です。
それは、15年前のセンター試験(今でいう共通テスト)後の時期です。


「俺のこの経験を、次の子たちにも生かしてやってください。」


18年以上仕事をしてきましたが、この言葉は今でも忘れられません。

大学受験予備校で働き始めて数年。

少しずつ生徒から相談してもらえるようになり、自分にも自信がついてきた頃でした。

ある日、一人の東大志望の生徒が相談に来ました。

センター試験(当時)の結果で、東大の足切りラインが微妙な点数だったのです。各予備校の予想ボーダーラインを見る限り、第一志望の文科二類に出願しても大丈夫だろう。私はそう考え、その子にも伝えました。

結果は、足切り。

二次試験を受けることすらできませんでした。
私はあの時、「大丈夫。」という一つの答えしか渡していませんでした。

でも本当は、答えを伝えるのではなく、一緒に考える時間をつくれたはずでした。

例えば、「文科一類なら二次試験を受けられる可能性が高い。」「受験できることを優先するなら、その選択肢もある。」「最後は、どちらを選びたい?」そう問い掛けられていたら。

本人が納得して決める時間を、一緒につくれていたら。結果は変わらなかったかもしれません。それでも、私は違う関わり方ができたと思っています。

その生徒は泣きながら、「横山さんのせいじゃないよ。」そう言ってくれました。そして、「俺のこの経験を、次の子たちにも生かしてやってください。」とも伝えてくれました。

でも私は、その言葉に救われたわけではありませんでした。むしろ、その言葉があったからこそ、何度も何度も考えました。もし私が違う問いを投げかけていたら。もし「大丈夫だよ」と伝えるだけではなく、選択肢を一緒に整理できていたら。もし、あの子が私ではなく別の人に相談していたら。結果は変わらなかったかもしれません。それでも、関わり方は変えられたかもしれない。そんな思いが、ずっと心に残りました。

今振り返ると、あの子は私を責めなかったというより、「自分で決めたことだから。」そう、自分自身を納得させようとしてくれていたのかもしれません。

だからこそ、私はあの子の言葉を軽く受け取ることができませんでした。

あの日から、私の面談は変わりました。

私が答えを出すのではなく、相手が納得して自分で選べるよう、一緒に選択肢を整理すること。

それが、18年間変わらず大切にしてきた仕事です。

そして今、教育の現場を離れようとしている今も、その姿勢は変わりません。文章を書くときも。チームで仕事をするときも。誰かをサポートするときも。

あの日、一人の高校生が私に残してくれた言葉は、18年以上経った今も、私の仕事の原点です。どちらが正しいかを決めることではなく、相手が納得できる選択肢を一緒に整理し、自分自身で次の一歩を選べるよう伴走すること。教育の現場でも。今取り組んでいる文章やバックヤードの仕事でも。私が大切にしていることは、あの日から変わっていません
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