何故苦しいのか

何故苦しいのか

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占い
漠然とした「お悩み」ありませんか?
上手くは言えないけど、日常生活で感じる不安や不満、焦り等々。

私はずっとありました。今もあります。
算命学を勉強してきてそれが何なのか、解ってきたように思います。
(本当か?)

算命学でいうところの日干はその人の精神、魂、その人自身を表します。
この日干は10種類あって、それぞれの性質があります。
人としての「あり方」という事もできます。
この「あり方」=「自分の望むあり方」とは限らないんです。

日干が本来の性質を示すには、それに適した環境が必要です。でも、宿命は必ずしも適した環境じゃなかったりします。
宿命の中で、日干に適した環境を生み出すものを「守護神」逆を「忌神」なんて言います。
この言葉、インパクトあるでしょー?w がぜん、興味出てきました?

じゃ、「守護神」がありがたいか?というと、そうでもないんです。

先生が話してくださった例を使わせてもらいますね。

日干が「兵隊」だったとします。(あくまで、例ですよ。)
同じ日干の人でも、様々な「兵隊」がいます。
Aは好戦的で、体も大きく力も強い。来るべき日に備えて訓練をしています。
Bは気弱で争いごとが苦手。早く平和が訪れて欲しいと思っています。

ここで、「守護神」が廻ってくると、どうなると思いますか?
「兵隊」の本質が発揮しやすい環境を生み出すのですから、戦争が起こったりしてしまうんです。
Aにとっては、出番がキター!とばかりに喜び勇んで出兵するでしょう。
Bにとっては、最悪な状況ですね。
逆に「忌神」は「兵隊」の本質が発揮できにくい環境を生み出します。
Aにとっては、力を発揮する機会が無く、悶々とした思いをするでしょう。
Bにとっては願ったりかなったりですね。「忌神」がありがたいものになります。

現実は非常に複雑です。
容姿端麗に生まれ、芸事に秀でて、それを発揮して大勢の人々を魅了している芸能人がいたとします。でも、その人が大衆の前に出て注目されるのを苦痛に感じる人で、実は、どこか自然豊かなところで、愛する家族と静かに生活することが望みだったとしたら?
でも、才能ゆえ周りがそれを許してくれなかったら?
本人の苦痛は計り知れませんね。

以前、書いた「君たちはどう生きるか」の中で叔父さんのノートにこんな文章があります。
「本来王位にあるべき人が、王位を奪われていれば、自分を不幸だと思い、自分の現在を悲しく思う。彼が、現在の自分を悲しく思うのは、本来王位にあるべき身が、王位にいないからだ。(中略)
心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちにしらせてくれるものだ。そして僕たちは、その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捉えることができる。」

私たちは、現状に鑑みて、自分に折り合いをつけて生きています。
だから苦しいのかもしれません。
じゃあ、自分はどうなったら満足するのか、思考してみましょうか。



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