サイキックな能力を取り戻していくということ

サイキックな能力を取り戻していくということ

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占い

封印してきた感覚は、本来の自分へ戻るための扉

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今日は少し長くなります。

でも、
今まで私が経験してきたことや、
感じてきたことを、
できるだけそのままお話ししてみたいと思います。

「これが正解です」という話ではなく、
もしかしたら、
読んでくださっている方の中にも、
「私にも似たようなことがあった」
「そういえば、昔そんな感覚があった」
と思う方がいるかもしれない。

そんな何かの参考になればいいなと思って、
私の体験を少しお話ししてみます。

私は今、
サイキックな能力を取り戻していくことや、
本来の自分の感覚を思い出していくことを
講座やセッションの中でお伝えしています。

でも、
最初からずっと
こういう世界を信じて生きてきたわけではありません。
むしろ一時期は、かなり閉じていました。

天使とか、
オラクルカードとか、
スピリチュアルな話をしている人を見ると、
「ちょっと痛い人だな」
くらいに思っていた時期もあります。

今では天使のアチューメント動画まで
出している私が言うのもなんですが、
本当に正直なところ、昔の私はそうでした。

でも今思えば、
それは信じられなかったのではなく、
信じることが怖かったのだと思います。

自分の中にある感覚を認めてしまうことが、
怖かったのかもしれません。

子どもの頃の私は、
はっきりとは覚えていない部分も多いのですが、
どうやらいろいろ見えていたようです。

ただ、
私の場合は怖い系が多かったんですね。

亡くなられた方の気配や、
見えてはいけないように感じるもの。
5歳、6歳くらいまでは、
そういうものをかなり感じていたように思います。

でも、
あまりにも怖すぎて、
「もう見たくない」
と、自分の中で思ったのだと思います。

そこからだんだん、
リアルには見えなくなっていきました。

サードアイを自分で閉じたような感覚です。

サードアイというのは、
外側からの影響で閉じることもありますが、
自分自身が怖さや拒否感から
閉じてしまうこともあります。

私の場合は、
まさにそれでした。

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10代から20歳くらいまでは、
金縛りもよくありました。

夜中に突然目が覚めて、
寒気がして、
「あ、これはやばいやつだ」
と分かる。

身体は動かない。
目を開けるのも怖い。
何かが近くにいるのが分かる。
時には上に乗ってきているように感じる。

でも当時の私は、
何の対処法も知らなかったので、
ただ布団をかぶって、
「早くどこかに行ってください」
と耐えるしかありませんでした。

実家の近くには、
昔のお墓のような場所もありました。

ある時は、
鎧兜を着た血を流したようなお侍さんが
上に乗ってきて、
無言で何かを訴えてくるようなこともありました。

本当に怖かったです。
そういう経験が続けば、
見えない方が楽だと思うのは当然です。

でも一方で、
怖いものばかりではありませんでした。

昔飼っていた大好きな猫が、
ある日突然いなくなったことがありました。

探しても見つからず、
帰ってくることもありませんでした。

それからしばらく経ったある日、
うとうと昼寝をしていた時に、
その猫が私の肩のあたりに
顎を乗せるようにして現れたんです。

いつものように、
ゴロゴロと喉を鳴らしている感覚。

その瞬間、
「ああ、亡くなったんだな」
と分かりました。

姿を見つけたわけではないので、
本当のところは分かりません。

でも私は、
お別れを言いに来てくれたのだと感じました。

20歳の成人式の頃には、
すでに他界していた母方の祖父母が
夢うつつの中に現れたこともあります。

何か言葉をくれたわけではありません。

ただ二人が、
とても優しく微笑んで
私を見てくれていました。

「ああ、おめでとうって来てくれたんだな」
そう感じました。

こういう不思議な体験は、
きっと私だけではないと思います。

読んでくださっている方の中にも、
似たような経験をしたことがある方は
いるのではないでしょうか。

でも、
そういう感覚は、
子どもの頃にはなかなか理解されません。

目に見えないものが分からない大人たちの中で育つと、
「そんなこと言っちゃダメ」
「変なこと言わないの」
「気のせいでしょ」
と言われることもあります。

すると子どもは、
「自分がおかしいんだ」
と思ってしまう。

本当は感じているのに、
本当は分かっているのに、
それをなかったことにしていく。

そうして少しずつ、
サイキックな能力は閉じていくのだと思います。

私の場合、
見えることだけではなく、
人の心の内側が分かってしまう感覚もありました。

特に母親の心の中は、
子どもの頃から手に取るように分かっていました。

機嫌が悪いな。
本当はこう思っているな。
今こう言ったけど、
本音は違うな。
そんなことが、
嫌になるくらい分かっていました。

大人になってからも、
パートナーとの喧嘩などで、
相手が言っていることと本音が違うと、
「本当はこう思ってるでしょ」
と言ってしまうことがありました。

でも相手は、
口に出していないことを指摘されるので、
たとえ図星でも認めません。

むしろ、
「そんなこと思ってもないのに、
勝手にひどいことを決めつけるな」
と責められる。

そういうことが何度もありました。

本当は分かっているのに、
証明できない。

感じているのに、
言えば傷つく。

そういう経験を重ねると、

「分からない方が楽」
「感じない方がいい」

と思うようになります。

これもまた、
感覚を閉じていく大きな理由の一つだと思います。

そして私が再び、
エネルギーの世界に向き合うきっかけになったのは、
リンパマッサージのサロンを始めた頃でした。

サロンを始めてしばらくして、
原因不明で左腕が大きく腫れ上がりました。

足かと思うほど太くなり、
40度の高熱が続き、
病院を3軒回っても原因が分からない。

せっかくサロンが軌道に乗り始めた頃だったのに、
私は3ヶ月寝込むことになりました。

今思えば、
私の中のエネルギーの浄化が
追いついていなかったのだと思います。

当時の私は、
人の身体に触れることがどういうことなのか、
まったく分かっていませんでした。

マッサージの仕事は楽しかった。
でも、
お客様によって疲れ方が全然違う。

とてもいい方なのに、
施術後にどっと疲れて寝込むほどになる人もいました。

自分が稼いだお金で、
自分がマッサージに行かないといけないくらい
疲弊していた時期もあります。

その理由が、
当時の私には分かりませんでした。

そんな時、
あるヒーラーさんが
サロンに来てくださいました。

その方は、
近所を散歩している時に、
私のサロンの前だけ空気感というか、
エネルギーの質が違うのを感じて、
気になって入ってきてくださったそうなんですね。

当時の私には、
その意味がよく分かりませんでした。

でも今思えば、
私はその頃から、
無意識にエネルギーを使っていた部分が
あったのだと思います。

その方との出会いをきっかけに、
「エネルギーをもらっているんだよ」
ということを教えてもらいました。

人の気を受けること。
エネルギーの影響を受けること。
自分の境界線を守ること。
浄化すること。

その時初めて、
そういう世界があるのだと知りました。

そしてその方から、
レイキというものを教えてもらいました。

最初は正直、怪しいと思いました。

金額も高く感じたし、
何なのかもよく分からない。

でも、
なぜかずっと気になる。

毎日のように気になって、
でも踏み出せない。

そんな時に、
また別のお客様である看護師さんからも
レイキの話を聞くことになりました。

病院の夜勤で疲れやすかったり、
病棟で亡くなった方の姿を見てしまったり、
いわゆる“幽霊”のようなものを感じてしまう看護師さんたちが、
レイキを受けてから、
疲れ方が変わったり、
そういったものが見えにくくなった、
という話を聞いたのです。

その話をきっかけに、
私はようやくレイキを受けに行くことにしました。

ファースト、セカンドと受けた頃から、
明らかに変化がありました。

あれほど疲れていたお客様の施術後の疲れ方が、
びっくりするほど軽くなったのです。

何が起きたのか、
当時はよく分かりませんでした。

でも今思えば、
自分の中の光の回路が整い始めたのだと思います。

本来流れるはずのエネルギーが流れ始めた。

自分の中に、
綺麗なエネルギーを取り入れ、
循環させる力が戻ってきた。

そんな感覚です。

そしてそこからしばらくは、
マッサージの仕事に専念していました。

その後、
ある日突然、
手の感覚が変わり始めました。

お客様の身体に触れていると、
滞っているところが
手から分かるようになってきたのです。

「この感覚は何だろう」

そこから本格的に、
エネルギーワークやスピリチュアルな学びが
始まっていきました。

学びを深めていく中で、
少しずつ思い出していきました。

そういえば、
昔から分かっていた。

そういえば、感じていた。

そういえば、見えていた。

でも怖かった。
否定された。
傷ついた。

だから閉じてきた。

私にとって、
サイキックな能力を取り戻していくということは、
特別な力を身につけることではありませんでした。

むしろ、
自分で封印してきた感覚を
もう一度取り戻していくことでした。

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最近の子どもたちは、
少し違ってきているように感じます。

オーラが見える。
龍が見える。
神様と話せる。
天使を感じる。

そういうことを言っても、
親御さんたち自身が
そういった感覚を否定せず、
自然なものとして受け止めるケースも
増えてきています。

もちろん全員ではありません。

でも昔に比べると、
そういう感覚を潰されずに育つ子たちは
確実に増えているように感じます。

私の娘もそうです。
私よりもいろいろ見えている部分があります。

でも本人にとっては、
それはすごいことではなく、
普通にある感覚です。

龍も天使も神様も、いて当たり前。

だからこそ、
変に特別視することもなく、
自然に受け入れながら、
普通に日常を生きています。

私はそれでいいと思っています。

本来、
サイキックな能力とは、
特別な人だけのものではなく、
人生を豊かに生きるために
自然に備わっている感覚なのだと思うからです。

私たち大人の中には、
一番生きにくい時代を
通ってきた人も多いのではないでしょうか。

感じすぎること。
分かりすぎること。
見えすぎること。

本来は人生を豊かにするための能力なのに、
それが裏目に出て、
苦しさや孤独に繋がってしまった人も
いると思います。

私もその一人です。

でも、
それは能力が悪かったのではありません。

使い方を知らなかっただけ。
守り方を知らなかっただけ。
自分の感覚を信じる土台が、
まだ整っていなかっただけなのだと思います。

サイキックな能力を取り戻すということは、
何かすごい人になることではありません

閉じてきた自分を責めることでもありません。

怖かった自分を受け止めて、
否定してきた感覚を少しずつ許して、
本来の自分へ戻っていくこと

そして、
その感覚を現実の中で
自分の人生を豊かにするために使えるよう
整えていくこと

それが、
私の感じている
「サイキックな能力を取り戻していく」
ということです。

もしあなたの中にも、
昔から生きづらかった感覚。
人の心が分かりすぎて苦しかった経験。
見えないものを感じて怖かった記憶。
誰にも言えずに閉じてきた感覚。

そんなものがあるのなら、
それは決しておかしなことではありません。

あなたの中に眠っていた感覚が、
もう一度目を覚まそうとしているのかもしれません。

怖さの中に閉じ込めてきた力を、
今度は自分を苦しめるためではなく、
自分らしく生きるために使っていく

その道を、
これから一緒に思い出していけたらと思っています。






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