研究成果を「製品化・実用化」の視点で見ると何が変わるか
理系院生が研究概要や技術面接で自分の研究を説明するとき、
「性能が向上しました」
「新しい現象を確認しました」
「従来より良い結果が得られました」
という研究成果は、大きなアピールポイントになります。
もちろん、それは重要です。
一方、企業研究開発では、その成果を見たあとに、さらに別の問いが出てきます。
その性能は安定して出るのか。
どの条件まで使えるのか。
長時間使っても大丈夫なのか。
作り方を変えても成立するのか。
大量に作れるのか。
コストはどのくらいかかるのか。
その性能を必要とする顧客はいるのか。
研究として良い成果であることと、製品として使えることは同じではありません。
今回はシリーズの最後として、研究成果を「製品化・実用化」の視点で見ると何が変わるのかを考えてみます。
1. 「研究として成功」と「製品として成立」は違う
研究では、
新しい現象を確認した。
従来より高い性能を実現した。
新しい材料や構造の有効性を示した。
というだけでも、大きな成果になることがあります。
しかし、製品化を考えると、評価項目が一気に増えます。
例えば、あるデバイスで世界最高レベルの性能が出たとしても、
・一つの試料だけで出た
・特別な測定条件でしか出ない
・作製歩留まりが非常に低い
・寿命が短い
・高価な材料が必要
・複雑な調整が必要
・量産設備では作れない
という状態では、そのまま製品にすることは難しいかもしれません。
逆に、最高性能では多少劣っていても、
・安定して作れる
・ばらつきが小さい
・長時間動作する
・使いやすい
・既存設備で製造できる
・コストを抑えられる
という技術の方が、実際の製品には向いている場合もあります。
企業研究開発では、
**最高性能だけでなく、技術全体として成立するか**
を見る必要があります。
2. 性能だけでなく「使える条件範囲」が重要になる
研究では、最も良い条件で得られた結果を示すことがあります。
一方、製品では、ユーザーが毎回理想条件で使ってくれるとは限りません。
温度が変わる。
湿度が変わる。
電源条件が変わる。
試料の位置が少しずれる。
個体差がある。
長時間使用する。
振動や衝撃が加わる。
そのため、企業では、
「最高でどこまで出るか」
だけでなく、
**どの範囲なら安定して使えるか**
を見ることがあります。
例えば、あるセンサーが特定条件では非常に高感度でも、少し温度が変わると大きく性能が低下するのであれば、用途が限定される可能性があります。
逆に、最高感度は少し低くても、広い温度範囲で安定して使えるなら、実用上はこちらが有利になることもあります。
研究成果を企業向けに説明するとき、
「最高性能は〇〇です」
だけでなく、
「△△の条件範囲では安定して動作しました」
と説明できると、技術として一段深く見えてきます。
3. 再現性の次に「歩留まり」が出てくる
第8回では再現性について取り上げました。
製品化に近づくと、さらに「歩留まり」という考え方が重要になります。
例えば、10個作って1個だけ非常に良い性能が出る技術と、
10個作って9個がほぼ同じ性能になる技術では、
製品としての意味はかなり違います。
研究段階では、
「最良の試料で性能〇〇を達成した」
という結果に大きな価値があります。
一方、製品では、
「どのくらいの割合でその性能を実現できるのか」
が重要になります。
歩留まりが低い場合、
材料に原因があるのか。
プロセスに原因があるのか。
構造が作製誤差に敏感なのか。
装置条件が安定していないのか。
検査方法に問題があるのか。
を考える必要があります。
つまり、製品化では、
**良いものが作れるか**
から、
**良いものを安定して作り続けられるか**
へと問いが変わっていきます。
4. 「性能が高い」だけでは製品にならない
研究では、性能向上が大きな目標になることがあります。
出力が高い。
感度が高い。
効率が高い。
応答速度が速い。
損失が小さい。
これは非常に分かりやすい成果です。
しかし製品では、それ以外の特性も重要になります。
例えば、
・寿命
・安定性
・消費電力
・サイズ
・重量
・温度特性
・環境耐性
・調整のしやすさ
・安全性
・保守性
などです。
ある性能を最大化すると、別の性能が悪化することもあります。
例えば、
高出力化すると寿命が短くなる。
高感度化するとノイズに弱くなる。
小型化すると放熱が難しくなる。
高精度化すると調整が複雑になる。
こうしたトレードオフを見ながら、
**何を優先するか**
を決めるのが製品設計です。
企業の技術開発では、単一性能の最大化ではなく、
複数の条件を満たすバランスが求められます。
5. 製品では「作れること」も技術になる
大学の研究では、非常に高度な技術を持つ人が手作業で作製し、最高性能を実現することがあります。
研究としては、それでも十分に価値があります。
しかし製品にする場合、
「その人しか作れない」
状態では困ります。
別の担当者でも作れる。
別の装置でも作れる。
決められた手順で作れる。
一定の品質を維持できる。
大量に作れる。
必要な材料を安定して入手できる。
という状態に近づける必要があります。
例えば、微細加工条件が数%変わっただけで性能が大きく低下するデバイスは、研究では面白くても、量産は難しいかもしれません。
そこで、
設計を少し変える。
許容範囲を広げる。
プロセス条件を見直す。
検査工程を追加する。
といった工夫を行います。
研究段階では「最高性能」が重要だったものが、
製品化では、
**多少条件が変わっても成立する設計**
へと変わることがあります。
6. 測定方法も製品化の一部になる
製品を作る場合、性能を測る方法も重要です。
研究室では、一つの試料を数時間かけて詳しく測定することができます。
しかし、例えば1000個の製品を出荷する場合、すべてに同じ測定を行うことは現実的でないかもしれません。
その場合、
・どの項目を測れば品質を判断できるか
・どの測定を簡略化できるか
・合格と不合格をどこで分けるか
・測定時間をどこまで短縮できるか
・自動化できるか
といったことを考える必要があります。
つまり、
**作る技術だけでなく、正しく評価する技術も製品化に必要**
です。
計測系の研究経験が企業で活かされる理由の一つはここにあります。
測定装置を使った経験だけでなく、
何を測れば性能を判断できるか。
どの測定値が本当に重要か。
測定誤差をどう考えるか。
という経験は、製品評価や品質保証にもつながります。
7. 技術的に良くても、コストが合わないことがある
製品化では、コストも避けて通れません。
研究では、
「性能が最も高くなる材料」
「最も精度の高い装置」
「最も良い作製条件」
を選ぶことがあります。
しかし製品では、
その材料はいくらするのか。
その装置を量産工程に導入できるのか。
作製時間はどのくらいかかるのか。
不良品がどのくらい出るのか。
といったことも考えます。
例えば、性能を5%改善するために製造コストが3倍になるのであれば、その5%に価値があるかを判断する必要があります。
逆に、性能が少し下がっても、価格を大きく下げられることで市場が広がることもあります。
企業研究開発では、
**性能が高いことと、製品として価値が高いことが必ずしも同じではありません。**
この違いを理解していると、研究と製品開発の距離感が見えてきます。
8. 最後に必要なのは「誰が何のために使うのか」
技術的に優れていても、それを必要とする人がいなければ製品にはなりません。
ここは大学の研究と企業研究開発で大きく違う部分の一つです。
例えば、
感度を10倍にした。
応答速度を100倍にした。
装置を半分の大きさにした。
という成果があったとします。
そこで企業では、
「それによって、今までできなかった何ができるのか」
を考えます。
測定時間が短くなる。
これまで検出できなかった物質を検出できる。
装置を持ち運べるようになる。
消費電力を下げられる。
製造工程の検査を自動化できる。
こうした具体的な価値につながると、技術は製品へ近づいていきます。
研究成果を企業向けに説明するときも、
無理に「すぐ製品化できます」と言う必要はありません。
ただ、
**この技術が成立すると、何ができるようになるのか**
を一度考えてみると、研究の企業側での位置づけが分かりやすくなります。
9. 基礎研究に無理に製品化の話を加える必要はない
ここまで製品化の視点を説明しましたが、すべての研究概要に製品化の話を書く必要はありません。
基礎研究には、基礎研究としての価値があります。
新しい現象を発見する。
原理を明らかにする。
従来説明できなかった結果を理解する。
新しい材料やデバイスの可能性を示す。
こうした研究を無理に、
「すぐ製品になります」
「市場規模は〇〇です」
という話に変える必要はありません。
むしろ、技術的な距離を無視して実用化を強調すると、不自然になることがあります。
重要なのは、
**自分の研究が今どの段階にあるのかを理解していること**
です。
原理を確認する段階なのか。
性能を改善する段階なのか。
再現性を確認する段階なのか。
作製方法を安定させる段階なのか。
実際の用途を検討する段階なのか。
研究の段階によって、次に見るべき課題は違います。
企業側に対しても、その距離感を正しく説明できる方が自然です。
10. 技術面接で製品化について聞かれたら
技術面接では、
「この研究を実用化するとしたら何が課題ですか?」
「製品にするとしたら何を改善する必要がありますか?」
「この技術はどのような用途に使えそうですか?」
と聞かれることがあります。
このとき、完璧な事業計画を答える必要はありません。
研究者・技術者として、
次にどの技術課題を確認する必要があるか
を考えればよいです。
例えば、
「現段階では原理確認が中心なので、まず複数試料で再現性を確認する必要があります」
「実用化には温度変化に対する安定性を確認する必要があります」
「現状は測定に大型装置が必要なので、小型化できるかが課題になると考えています」
「性能は向上しましたが、作製条件が厳しいため、量産を考えると許容範囲を広げる必要があります」
という答え方ができます。
研究から製品化までのすべてを知っている必要はありません。
大切なのは、
**現在地と、次に越えるべき技術課題を考えられること**
です。
11. 研究概要で製品化の視点を入れるなら
研究概要に製品化や実用化の視点を入れる場合も、長く書く必要はありません。
例えば、
「現段階では基礎的な原理確認ですが、実用化には再現性と長期安定性の確認が必要です」
「本研究では感度向上を確認しました。今後は、実使用環境での温度依存性や耐久性を確認する必要があります」
「現在は研究室レベルの測定系ですが、将来的な応用には測定系の小型化と高速化が課題になります」
といった程度でも十分です。
重要なのは、
「すぐ製品になります」
と結論づけることではありません。
**研究成果と実用化の間に何が残っているのか**
を理解していることです。
これは、基礎研究を否定する視点ではありません。
むしろ、自分の研究成果が技術として現在どこまで到達しているのかを正しく見る視点です。
12. まとめ
研究成果を製品化・実用化の視点で見ると、評価する項目は大きく増えます。
研究として良い結果が出たか。
という問いに加えて、
・再現するか
・ばらつきはどの程度か
・どの条件範囲で使えるか
・長時間安定して動くか
・安定して作れるか
・歩留まりは十分か
・性能と他の特性のバランスはどうか
・適切に評価できるか
・コストは成立するか
・その性能によって何ができるようになるのか
といったことを考える必要があります。
これは、基礎研究より製品開発の方が重要だという意味ではありません。
新しい原理や現象を見つける研究。
性能を高める研究。
再現性を確認する研究。
量産方法を考える開発。
製品として成立させる開発。
それぞれに異なる役割があります。
企業研究開発では、それらをつなぎながら技術を育てていきます。
理系院生の就職活動でも、自分の研究を無理に製品化へ近づける必要はありません。
ただ、
**自分の研究が現在どこにあり、次に技術として進めるなら何を確認する必要があるのか**
を考えられると、企業側から見た研究の説明はかなり変わります。
これまでこのブログでは、研究概要の作り方、自分の貢献の伝え方、研究テーマと企業の仕事とのつなげ方、技術面接で聞かれること、基礎研究の評価、再現性、材料・デバイス・計測系で見られやすいポイントについて取り上げてきました。
共通しているのは、
**研究成果だけではなく、その人が研究の中で何を考え、何を判断し、どのように次の結果へつなげたのかを伝えること**
です。
本サービスでは、企業研究開発に約20年携わり、基礎研究だけでなく、事業部での開発、製品化、顧客向けの技術説明にも関わってきた旧帝大博士号取得者が、専門監修者として研究概要・ES・技術面接用の説明文を確認します。
研究成果を過大に見せるのではなく、技術としてどこまで言えるのか、企業研究開発側から見て不自然な説明になっていないか、本人の考え方や技術的な判断が伝わる内容になっているか、という点を重視しています。
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