そろそろ偽物の自分を手放そうかな

そろそろ偽物の自分を手放そうかな

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私はずっと、

相手を気分よくさせられる人は、

人として優秀なんだと思っていました。



相手を立てる。

ちょっと多めに褒める。

相手が言ってほしそうな言葉を
先回りして言う。

その場の空気を読んで、
角が立たない答えを選ぶ。


そういうことが自然にできる人を見て、

「大人だな」

「コミュニケーション能力が高いな」

と思っていたし、

私自身も、そんな人になろうとしてきました。



でも、それを長く続けていると、

いつの間にか

「私は本当はどう思っているんだろう?」

が、分からなくなることがあります。


相手が喜ぶ答えは分かる。

場が丸く収まる答えも分かる。


でも、

自分の答えだけが分からなくなる。



そして面白いことに、

自分がそれを当たり前にやっていると、

目の前に

空気を読まない人。

お世辞を言わない人。

相手に合わせない人。

愛想よく振る舞わない人。

そんな人が現れたとき、

「なんで、これくらいできないんだろう」


と、ついジャッジしたくなります。


でも最近、ふと思ったんです。

その人に感じる違和感は、

もしかしたら、

自分がずっと我慢してやってきたことを、

その人が平然とやらずに生きていることへの

違和感

だったのかもしれない、と。

「感じよくしなきゃ」

「相手を不快にさせちゃいけない」

「場の空気を悪くしちゃいけない」


そうやって私は、

ずいぶん長いこと
周りの人のご機嫌まで
背負っていたのかもしれません。


もちろん、

人への思いやりは大切です。

優しい言葉も、

気遣いも素敵なこと。


でも、

思いやりと忖度は、少し違う。


相手を大切にすることと、

自分の気持ちを曲げてまで
相手を気分よくさせることも違います。


誰にでも感じよくしなくていい。

いつも正解のリアクションをしなくてもいい。

相手が望む答えではなく、

「私はこう思う」


を選んでもいい。


そんなふうに少しずつ、

外側に傾いていた自分を
真ん中に戻していく。


最近感じていた心の違和感は、

もしかすると、

「そろそろ他人のご機嫌より、

自分の気持ちを見てあげて」

という、
自分から自分への合図
だったのかもしれません。




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