こんばんは。
黄昏です。
占いを受けたとき。
出てきた結果に、
「それは違うと思う」
「自分では、そんなふうに考えていない」
と感じたことはないでしょうか。
自分が知りたかったこととは違う答えが出た。
期待していた未来とは違う結果だった。
あるいは、なぜそんな言葉が出てきたのか、自分でもよく分からない。
そんなとき、占いを「当たった」「外れた」だけで判断したくなることがあります。
もちろん、それは自然なことです。
占いを受けるとき、多くの人は何か知りたいことがあります。
相手の気持ち。
これからどうなるのか。
自分はどうすればいいのか。
悩みがあるからこそ、答えを求めて占いを受ける。
けれど、ときには。
自分が聞きたかった答えと、占いが示してくるものが違うことがあります。
そのとき、少しだけ立ち止まってみてもいいのかもしれません。
自分で分かっている心と、まだ言葉になっていない心
私たちの心には、自分ではっきり意識している部分があります。
「私はこうしたい」
「私は相手が好き」
「私は復縁したい」
「今、とても不安だ」
こうした、自分で認識できる気持ち。
これを、ここでは顕在意識と考えてみます。
一方で。
自分でもすぐには言葉にできない気持ちもあります。
「本当は、どうしたいのか分からない」
「好きなのに、なぜか苦しい」
「手放した方がいいと思っているのに、離れられない」
「相手が好きなのか、それとも失うのが怖いだけなのか分からない」
そんな、まだ自分の中で整理されていないもの。
普段は意識の奥に置かれていて、簡単には言葉にならないもの。
ここでは、それを潜在意識に近い心の動きとして考えてみます。
もちろん、人の心を「顕在意識と潜在意識」の二つだけで、きれいに分けられるわけではありません。
けれど。
自分が分かっていると思っている気持ちの奥に、まだ言葉になっていない感情がある。
そう考えると、占いとの向き合い方も少し変わってくるかもしれません。
悩んでいるとき、人は見える範囲が狭くなる
恋愛で悩んでいるとき。
頭の中が、ひとつのことばかりになることがあります。
「相手は私のことを好きなのか」
「連絡はいつ来るのか」
「復縁できるのか」
その答えが分からないことが苦しいから。
何度も同じことを考えます。
そして、占いを受けるときも。
その答えだけを求めるようになることがあります。
けれど、占いの結果が。
自分が今、見ている場所とは少し違うところを指してくることもあります。
たとえば。
相手の気持ちを知りたいと思っているのに、自分自身の不安や迷いについて何度も示される。
未来を知りたいのに、「まず今の気持ちを整理した方がいい」というようなメッセージを受け取る。
そんなとき。
「それは聞いていない」
と思うかもしれません。
でも、本当に必要なのは。
今、自分が見たいものだけを見ることではなく、今まで見えていなかったものに気づくこと
なのかもしれません。
占いの結果を受け入れられないとき
占いの結果を見て、受け入れられないこともあるでしょう。
それは、悪いことではありません。
自分が望んでいた未来と違う。
自分が思っていた自分と違う。
だから、すぐに納得できない。
むしろ、それは自然な反応です。
占いの結果を聞いた瞬間に、
「そうです。その通りです」
と、すべてを受け入れる必要はありません。
違和感を持つこともあります。
反発したくなることもあります。
「私はそんなふうに思っていない」
と感じることもあるでしょう。
大切なのは、その結果を無理に信じ込むことではありません。
同時に。
受け入れられなかったから、すぐに「外れた」と切り捨てる必要もない
ということです。
少し時間を置いてみる。
なぜ、この言葉が嫌だったのだろう。
なぜ、この結果に反発したのだろう。
そう考えてみることで、別のものが見えてくることがあります。
「当たり」「外れ」だけでは見えないもの
占いには、未来を知りたいという期待があります。
だからこそ、
「当たった」
「外れた」
ということが気になるのも当然です。
けれど。
占いの結果を、その二つだけで終わらせてしまうと。
本当は自分にとって意味のあった言葉まで、見落としてしまうことがあります。
たとえば、結果そのものは納得できなかった。
でも、そこに書かれていた一言だけが、なぜか心に残った。
その言葉を見たとき、少し嫌な気持ちになった。
あるいは、なぜか忘れられなかった。
そんなとき。
「なぜ、この言葉が残ったのだろう」
と考えてみる。
占いは、必ずしも自分の人生を決める答えではありません。
未来を断定するものでもありません。
けれど。
自分では普段、目を向けていなかった場所を見つめるきっかけ
になることはあります。
占いの結果と、柔軟に向き合う
占いを受けたとき。
結果をすべて信じる必要はありません。
逆に、すべてを否定する必要もありません。
「これは今の自分にはしっくりくる」
「これは、まだよく分からない」
「この部分には少し違和感がある」
そんなふうに、柔軟に受け取ってもいいのだと思います。
大切なのは。
占いに答えを決めてもらうことではなく。
その結果をきっかけに、自分自身の心をもう一度見つめてみること。
悩みの中にいるとき、人はどうしても視野が狭くなります。
ひとつの答えだけを求めてしまう。
ひとつの未来だけにこだわってしまう。
でも。
少し違う角度から自分を見ることで。
「私は本当は、こんなことが怖かったのかもしれない」
「相手が欲しいと思っていたけれど、安心したかったのかもしれない」
「未来を知りたかったのではなく、今の不安から逃れたかったのかもしれない」
そんな、今まで言葉にならなかった気持ちが見えてくることがあります。
自分と向き合う時間を持つということ
私たちは毎日の中で。
自分の気持ちをゆっくり考える時間を、意外と持っていないのかもしれません。
悩みが生まれる。
答えを探す。
誰かに聞く。
また不安になる。
そして、また答えを探す。
その繰り返しの中で。
「私は本当は、どう感じているのだろう」
と立ち止まる時間がなくなっていくことがあります。
占いは。
すぐに答えを出すためだけのものではなく。
自分と向き合うための時間を作るきっかけ
にもなるのかもしれません。
言葉にならなかった気持ち。
自分でも気づいていなかった不安。
見ないようにしていた感情。
そうしたものを、すぐに答えにする必要はありません。
ただ。
「ここに、何かあるのかもしれない」
と気づくだけでも。
今までとは少し違う景色が見えてくることがあります。
答えを探し続けてしまうとき
不安になる。
占いを受ける。
少し安心する。
けれど、また何かが気になってくる。
すると、もう一度答えを知りたくなる。
同じことを繰り返しているうちに。
いつの間にか、自分で考えるよりも先に、
「占いでは、どう出るだろう」
と思うようになることがあります。
占いが悪いわけではありません。
答えを知りたいと思うことも、悪いことではありません。
ただ。
もし、答えを知っても安心できず、何度も同じことを確かめたくなっているなら。
一度だけ、占いの答えから離れて、
「私は今、何がこんなに怖いのだろう」
と自分に問いかけてみてもいいのかもしれません。
占いを続ける中で感じてきたこと
長く占いを続けていると。
ときどき、相談されている内容そのものとは別に、
「誰かに、自分の気持ちを聞いてほしいのかもしれない」
と感じることがあります。
未来を知りたい。
相手の気持ちを知りたい。
どうすればいいのか教えてほしい。
そうした言葉の奥に。
すぐに答えが欲しいというよりも、
自分でも整理できていない気持ちを、誰かと一緒に見つめたい。
ただ、自分の中にあるものを言葉にしてみたい。
そんな思いが隠れているように感じることがあります。
もちろん、占いはカウンセリングではありません。
占いには占いとしてできることがあり、できないこともあります。
だからこそ私は、
占いの結果を伝えるだけではなく、もっとゆっくり自分の心を見つめるための場所も必要なのではないか
と考えるようになりました。
それが、私が「月影の書斎」を書いている理由のひとつです。
月影の書斎では。
答えをすぐに出すことよりも、
「なぜ私は、こんなにも不安なのだろう」
「なぜ、分かっているのに手放せないのだろう」
「なぜ、この言葉がこんなにも心に残るのだろう」
そんな、すぐには答えの出ない問いを扱っています。
占いで答えを知りたいときもある。
今の状況を整理したいときもある。
でも、ときには。
答えを受け取ることより、自分自身の気持ちをゆっくり見つめる時間が必要なこともある。
そう感じています。
だからこそ、占いとは少し違う形で。
言葉にならない心を、自分自身で見つめていくために。
私は、月影の書斎を書いています。
言葉にならないものを、すぐに答えにしなくてもいい
占いの結果を受け取ったとき。
すぐに納得できなくてもいい。
すぐに答えを出さなくてもいい。
「当たっている」
「当たっていない」
そのどちらかだけで決めなくてもいい。
もし、何か引っかかる言葉があったなら。
少しだけ、その言葉を自分の中に置いてみる。
時間が経ってから。
「あのとき言われたことは、こういう意味だったのかもしれない」
と感じることもあります。
もちろん、何も感じないこともあります。
それもひとつの答えです。
占いは、自分を縛るためのものではありません。
自分の未来を決めつけるためのものでもありません。
けれど。
悩みの中で見える範囲が狭くなっているとき。
今までとは違う場所に目を向けるきっかけにはなるかもしれません。
言葉にならない心を、占いはすべて映し出せるわけではありません。
けれど。
自分でもまだ見つけられていなかった心の一部に、そっと光を当てることはできるのかもしれません。
そして、その光を見て何を感じるのか。
そこから先は、占いが決めることではありません。
自分自身が、ゆっくりと見つめていくものなのだと思います。
月影の書斎では。
すぐには言葉にならない感情や、心の奥にしまわれた気持ちにも目を向けながら、
「なぜ私は、こう感じるのだろう」
という問いを静かに見つめていきます。
答えを急ぐのではなく。
すぐに「正しい」「間違っている」と決めるのでもなく。
自分の中にある、まだ名前のついていない気持ちに気づくために。
ときには。
立ち止まって、自分と向き合う時間を持つことも必要なのかもしれません。