「当たり前」はひとつじゃないと知って、心に余白と納得感が生まれた

「当たり前」はひとつじゃないと知って、心に余白と納得感が生まれた

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コラム
哲学の本を読んでいて、言語によって、時間の区切り方や家族の呼び方が変わることを知りました。違う視点が必要だと話してきましたが、まさにその通りだと実感した瞬間でした。

「現状を変えたい」「もっと前に進みたい」。そう思ったとき、以前の私は、つい「自分の何がいけないんだろう?」「自分のどこを直せばいいんだろう?」と、自分の中ばかりを掘り返して、原因を探そうとしていました。

でも、自分の頭の中だけでいくら考えても、結局は「これまでの自分の捉え方」から抜け出せないんですよね。本当に必要だったのは、「自分がまだ知らない考え方」に触れることでした。

時間の区切り方や、家族の呼び方まで、言語によって違う。それを知ったとき、自分が「こうでなきゃいけない」「これが当たり前だ」と抱え込んでいた枠組みも、ただの「思い込み」にすぎなかったんだと気づきました。世間の当たり前に自分を無理やり合わせるのではなく、「自分にしっくりくる捉え方」を外から探して取り入れる。そのほうが、心に「余白」ができると感じるようになりました。

変わりたいと思ったとき、私がやるべきだったのは、「自分を正すこと」ではありませんでした。「自分の中に何が足りないか」と内側に閉じこもるのではなく、「次はどんな新しい考え方と出会いに行こうか」と、外に視点を向けることでした。

新しい考え方に触れるたびに、「あ、こんな風に捉えてもいいんだ」「こんな生き方でもいいんだ」と、心に少しずつ余白と納得感が生まれていくのを実感しています。

今は、あまり悲観的に思うことはありません。むしろ前向きに、心の余白と納得感を感じながら過ごせています。自分の中に新しい捉え方が増えていくほど、日々の選択はもっと自由で、心地よいものになっていくのだと感じています。まだ自分が触れていない考え方を、これからも探しに行きたいです。

「当たり前」の外側を少しのぞいてみて、心の余白を増やすきっかけになればうれしいです。

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