動画編集者、ネジ4本に完全敗北しました。
そして猫と、終わってる日常(ちょっと前の話)
ちょっと前の話だ
8月に入ったばかりの頃だったか。
部屋には煮詰まったコーヒーの匂いと
行き場のない気だるさだけが充満していた。
あの日の夜俺はノートパソコンをバスタオルでぐるぐる巻きにし
怪我をした珍獣でも保護するように抱えて眠った。
明日、ホームセンターで最強のドライバーを買う
そう意気込んでいた前夜の気概は、朝の光を浴びた瞬間に綺麗さっぱり蒸発していた。
行けるわけねぇだろ、そんな気力。
そもそも、何で俺が自腹で1万7,000円のバッテリーを買い
見ず知らずの鉄の小ネジ4本とタイマンを張って、深夜にメンタルを削り取られなきゃいけなかったんだ。
世の中のキラキラしたフリーランスは
カフェのテラスでMacBookをカタカタ鳴らしながら
月商〇百万円とか言って笑っているらしい。
一方の私は、部屋の片隅でメモリ16GBの悲鳴を上げるポンコツノートPCの裏蓋をパカパカさせたまま微動だにしない現実と睨めっこしていた。
なぜ新しいPCに買い替えないのかって?
決まってんだろあのバカみたいに熱くなるキーボードの感触と
数々の修羅場を共にしてきたこの相棒じゃなきゃダメなんだっていう、底の抜けた執着だよ。
生来のポンコツ脳特有の、変なところで発動する謎のこだわり。
スペックが足りなくてフリーズするたびに
「叩き割るぞこのクソが」とディスプレイを殴りそうになりながらも
いざ手放すとなると妙に愛おしくなる。
脳みそがどうかしてる。
完全に終わってる。
昔からちょっとおかしい。
〇〇HDだぜってー自分でいうとまずい人だから認めたくないけど。
自認はおかしい。
人から言われると
ブチギレそうになるけど。
ドスパラ〇〇店という名の処刑場
結局あの日ホームセンターに行くのは諦めた。
あんな極小のネジ山をこれ以上ナメたら
マザーボードごとあの世へお迎えが来る。
私は観念して半開きのポンコツを抱えて
向かった先はドスパラ〇〇店。
店内のピカピカしたゲーミングPCの並びから、明らかに異臭を放つ
昔は3週間や1か月に1回パーマをかけて狩り上げていた。
最近は外にも出ずヒキコモリ
伸びきったぼさぼさの髪の毛で生活に疲れた人間の残骸みたいな顔をして、私はカウンターに歩み寄った。
店員のお兄さんは、私の差し出したタオル包みを見るなり
すべてを察したような顔をした。
何も言わない。
ただ静かに、プロの工具を取り出した。
その優しさが逆に突き刺さる。
「あの、自分でやろうとして、ネジ……完全に終わってます……」
絞り出した声は、自分でも引くほど乾いていた。
と言うか人間と話すことはない。基本的に。
喋るのが怖いのとだるいのと寂しさはあるけどめんどくさい。
けらくんあそぼーーーー
ごはんだよーーーー
ちゅーるちゅーるちゃおーちゅーる
くらいしか発音しないからなマジで俺最近
対猫専用兵器
ものの数分。
プロの手にかかればあれだけ私の人生を狂わせた4本の頑固なネジなど
ただの鉄くず同然にスルリと外れ、膨らんだバッテリーは取り除かれた。
6分くらい。ものの6分。
はい、終わりましたよー
電源つけてよろしいですか?
魔法かよ。
いや、違う。俺が無能なだけだ。
6,600円になります
……6,600円。
安い。プロの技術と、私の失われた精神と
詰みかけていた納期を考えたら、圧倒的に安い。
なのになぜか財布の紐を緩める手が微かに震えた。
その6,600円があれば、今月のブラックコーヒーが何本買えたことか。
セブンスターカートン買えるやん。
私は敗北者の顔で支払いをし再びタオルに包まれた相棒を抱えてきたく。
帰還。しかし、地獄はここからだった
家に帰り、電源を入れる。
ファンがフォオオオッと息を吹き返し
見事にフラットに戻った裏蓋のノートPCが起動する。
直った。
私の戦場が、再び目の前に用意された。
だが感動なんて微塵もなかった。
むしろ、絶望しかなかった。
デスクトップのフォルダを開く。
そこには終わらない宿題の山が、冷たく並んでいた。
よし、やるか。
気を取り直してAfter Effectsを立ち上げる。
カウントダウン演出。数字のリングが回る。
3、2、1……
……なんか違う。この0.2秒のズレ。
1fの白フラ
客は絶対気づかない。
でも俺の精神衛生上、許せない。
時間を溶かして、この微調整を延々と繰り返した。
それが終われば次は動画生成のガチャだ。
FLOWにプロンプトを打ち込み、可愛い女の子を踊らせる。
よし、これなら完璧だろ
出力する。
動いた瞬間、女の子の腕が3本になり
背景の観客が全員「クトゥルフ神話」に出てくる異世界の生命体に変貌している。
もう一回ガチャを回す。
今度は服が消滅し、謎の文字が画面を埋め尽くす。
AIって何なんだよ。
魔法の杖じゃねぇよ
これじゃただのバグり散らかしたガチャマシーンじゃねえか。
これを延々と朝まで、いや、画像を作るとこからひたすらやり直し、昼が来るまで続けた。
納期に追われ、手数料に絶望し、パソコンに絶望し、猫の妨害を回避しながら
やっとの思いでファイルを書き出し、震える手で送信する。
それでも仕事が終わった瞬間にはメッセージが飛んでくる。
逃げ場なんてなかった。
どこを向いても、画面の光と終わらない実務の影があるだけだった。
猫と、どうしようもない日常の続き
でもふと足元に視線を落すと我が家の愛猫・けらくんが
人間の尊厳を踏みにじるような冷ややかな目でこちらを見下ろしているのは、あの日から何も変わっていない。
「んなぁーぉぉーん。ふにゃーーおん」
その声は、こう言っているようにしか聞こえない。
「バカだな。PC直ったところで徹夜して動画作って
次は銀行口座のログインで詰んで。何がフリーランスの解放だか。
どうせ今日も同じことの繰り返しだろ。
さっさと缶詰を開けろ、人間」
おっしゃる通りでございますよけらくん。
俺は賢くもならなければ自由になってもいない。
ただ、ポンコツの16GBを抱えて泥水すするよな思いで画面にしがみついているだけの、ただの社畜だ。
あれから数週間。
パソコンのバッテリーはすっかり元気になった。
でも部屋の空気は相変わらず淀んでいるし
仕事が取れすぎる恐怖と、取れなくなる恐怖が交互に襲ってくる日々は続いている。
今日も今日とて、私はAfter Effectsのタイムラインにレイヤーを重ねる。
世の中の甘い自己啓発本なんて焚き付けにして、今日も泥の中を這いつくばる。
明日もどうせ、別の何かで詰むだろう。
でもまあ、なんとかなる……のか?
わかんねぇよ。
とりあえず、けらくんの飯をやるか。
ぴえん。
終わってる!!!
終わってる!!!
さぁ、今日もコツコツやるぞ