先日、私のコーチの方からとてつもなく知的で、刺激的なコメントをいただきました。 それは、現在のビジネスの現場と、現代数学の最難関をつなぐ壮大な問いかけでした。
「今のお金持ちしか勝てないAI開発に、革命を起こすにはどうすればいいか?」
一見難しそうに見えるこのテーマですが、紐解いていくと、私たちの働き方や「知性」のあり方にも関わる非常に面白い話が見えてきます。 今日は、この「AIと資本と数学」の話を、噛み砕いて解説してみたいと思います。
1. 現代のAIは「重課金勢」しか勝てない?
まず、今のAI業界で起きていることを整理しましょう。
コーチからいただいたコメントには、「A社のような大企業は、情報漏洩を防ぐために数百億円をかけて自社専用のAIを開発している」という話がありました。
実は、現在のAI開発の勝敗を決めるルールは、とても単純かつ残酷です。 それは、「大量のデータ」と「超高性能なコンピュータ(GPU)」と「莫大な電力」を、誰が一番多く持っているか? ということです。
これをゲームに例えるなら、「重課金プレイヤーしか勝てないクソゲー(Pay to Win)」のような状態です。 「課金(投資)額」と「強さ(AIの性能)」が比例してしまう。だから、GoogleやMicrosoftのような巨人が圧倒的に強いわけです。
一方で、コーチは面白い対比を挙げています。 「枯れた技術の使い回しの方が効率的ではないか?」
「枯れた技術」とは、最先端ではないけれど、長年使われていて信頼性が高く、安価な技術のことです。 これは任天堂のゲームボーイ開発者、横井軍平氏の哲学(枯れた技術の水平思考)としても知られています。 「数百億円かけて最新鋭のAIを作るより、Excelや既存のシステムをうまく組み合わせたほうが、現場のコスパはいいんじゃない?」 という、非常に現場感覚のあるリアリティな指摘です。
2. 「筋肉勝負」の限界と、数学者の「魔法」
しかし、今回のコメントの真骨頂はここからです。私のコーチはこう問いかけました。
「お金をかければ強くなる。……本当にそれだけでいいのか? これを乗り越えるには、『確率論』や『マルチバース』、あるいは『宇宙際(うちゅうさい)タイヒミューラー理論』のような視点が必要なんじゃないか?」
急に難しい言葉が出てきましたね(笑)。 でも、言わんとしていることはシンプルで、とてもロマンチックなんです。
今のAI開発(〇〇社のやり方)は、同じ土俵の上で、ひたすら筋肉(計算リソース)を大きくする勝負です。 それに対して、「その土俵自体を変えてしまおう」という提案です。
ここで引き合いに出されたのが、京都大学の望月新一教授が提唱した「IUT理論(宇宙際タイヒミューラー理論)」です。
望月教授は、数学の超難問「ABC予想」を解くために、とんでもないことをしました。 既存の数学のルール(足し算や掛け算の世界)の中で頑張って計算するのではなく、「全く新しい数学の舞台(別の宇宙)」を作り出してしまったのです。
「今のルールで解けないなら、ルールそのものが違う世界(マルチバース)を持ってきて、そこで計算してしまえ!」
という、まさに次元を超えた離れ業です。
3. ゲームの「ルール」を書き換える発想
コーチが言いたいのは、「この発想をAI開発にも持ち込もうぜ」ということです。
今の「数百億円かけた計算量ゴリ押し勝負」には限界がある。 だったら、
世界中に散らばった小さなコンピュータをつなぐ「分散システム」
量子力学のような「確率」の考え方
これらを取り入れて、今のゲームの中でレベル上げをするんじゃなくて、「ゲームのルール(計算の仕組み)」そのものを書き換えてしまおう。 そうすれば、お金のないベンチャーや個人でも、巨大企業の「数百億円のAI」に勝てる日が来るんじゃないか?
そういう、「パラダイムシフト(常識の劇的な変化)」が必要な時期に来ているんじゃないか、という提言なのです。
4. 思考の宇宙を広げよう
お金の力で殴り合うのも一つの戦い方ですが、歴史を変えるのはいつだって、誰も思いつかなかった「新しいルールの発明」です。
望月教授が数学の難問を「別の宇宙」を持ってくることで解決したように、私たちも「AI=お金がかかるもの」という常識を疑ってみる。 皆さんが現場で試行錯誤している「野生のプロンプト」や、既存ツールの意外な組み合わせ。 そういった小さな工夫が、もしかしたらこの巨大な「AI課金ゲー」の常識を覆す、革命の種になるかもしれません。
既存のルールに囚われず、思考の宇宙を広げていきましょう。
【用語解説】
今回の記事に出てきた、少し難解な用語をまとめて解説します。
■ 枯れた技術(Withered Technology) 最先端ではないが、すでに広く普及しており、不具合なども出し尽くされて安定して使える技術のこと。任天堂の横井軍平氏は、これを新しいアイディアと組み合わせる「枯れた技術の水平思考」によって、ゲーム&ウオッチやゲームボーイなどのヒット商品を生み出しました。
■ マルチバース(Multiverse) 「多元宇宙論」のこと。私たちが住んでいる宇宙以外にも、無数の異なる宇宙が存在するという考え方。今回は「今までの常識(宇宙)とは全く違うルールが支配する場所」という比喩で使われています。
■ ABC予想(ABC Conjecture) 数学の整数論における未解決問題の一つ(現在は証明されたとされています)。「a + b = c」というシンプルな足し算の関係について、素因数(掛け算の要素)がどう関係するかという超難問。これを証明するためにIUT理論が生まれました。
■ 宇宙際タイヒミューラー理論(IUT理論) 京都大学の望月新一教授が構築した数学理論。「宇宙際(うちゅうさい)」とは「宇宙と宇宙のあいだ」という意味。 従来の数学の世界(一つの宇宙)だけでは解けない問題を、「異なる数学のルールを持つ複数の宇宙」を用意し、その宇宙同士を行き来して情報を翻訳・通信することで解決しようとする、極めて独創的な理論です。
■ 分散システム(Distributed System) 一台の巨大なスーパーコンピュータですべてを処理するのではなく、ネットワークにつながった多数のコンピュータに処理を分散させて、協力して一つの大きな仕事を行う仕組みのこと。ブロックチェーンなどもこの一種です。