「足りない」ばかりの毎日に、すでにあるものを

「足りない」ばかりの毎日に、すでにあるものを

記事
コラム

気づけば「もっと」を探していないかのう


「もっとお金があれば」
「もっと認めてもらえれば」
「もっと分かってくれる人がいれば」

ほう、気づけば「もっと」が頭の中をいっぱいにしておることはないかのう。

頑張っているのに報われない。人に気を遣っているのに、大切にしてもらえない。そんな日は、不平不満も出てくるじゃろう。それだけ、おぬしにも願いや、大切にしているものがあるということじゃ。

ただ、一度立ち止まってみてほしい。

足りないものを探している間、すでにあるものが、視界からこぼれてはいないかのう。

「当たり前」の中にあるもの

今日も食べられたご飯。
疲れた体を休められる場所。
何げなく交わした「おはよう」。
困ったときに、話を聞いてくれた誰か。

慣れ親しんだものほど、わしらは「あるのが当然」と思いやすい。そして、あるものは数えず、ないものばかり数えてしまうのじゃ。

十のことがうまくいっていても、一つ気に入らないことがあると、その一つで一日を塗りつぶしてしまう。おぬしにも、そんな日はないかのう。

「足るを知る」は、我慢することか?

「足るを知る」とは、何も望まず、我慢して生きることではないと、わしは思う。

今あるものを受け取りながら、これから欲しいものを選ぶことじゃ。

「もっとよくしたい」と願ってよい。
嫌なことには、嫌だと言ってよい。
変えたい状況を、変えるために動いてよい。

感謝していることと、不満があることは、同時にあってよいのじゃよ。助けてもらった相手にも、伝えるべき意見はあるじゃろう。ありがたい仕事でも、働き方を見直したいことはあるじゃろう。

だから、「感謝が足りない自分は駄目だ」と責める必要はない。

今日、あってよかったものは何じゃろう

まずは今日、たった一つでよいから、こう尋ねてみてほしい。

「今日、あってよかったものは何だろう?」

温かいお茶がおいしかった。
帰り道の風が心地よかった。
誰かが仕事を手伝ってくれた。

立派な答えでなくてよい。誰かと比べる必要もない。自分の心が少し緩むものを、一つ拾ってみるのじゃ。

何も浮かばない日には、無理に探さなくてもよい。今日は疲れておるのだなと、自分を休ませておくれ。

感謝は、人から命じられてするものではない。見過ごしていたものに気づいたとき、心の中に生まれる「ありがとう」じゃ。

明日への願いを持ちながら、今日あるものにも目を向ける。

その小さな習慣が、同じ毎日の中に、今まで見えていなかった豊かさを見つけるきっかけになるかもしれんのう。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す