こんにちは。キャリカク浜松駅前オフィスの利用者です。
福祉のお世話になっている人間は基本的に社会的弱者とみなされる傾向があるように感じます。例えば、障がい者手帳を持っていることで差別する人もいます。いまだにヘルプマークを持っている人が優先席に座っていることにムッとする人もいます。
ですが、実は福祉のお世話になっている人って、誰もが落ちこぼれなわけではありません。(私からしたら、普通の人がうまくいきすぎている気がしますね)
私もある意味、その一人です。経歴を半分だけ見れば順調に高学歴な進学校に入り、浪人することもなく国公立大学に入り、四年で卒業した「見かけばかりの」エリートです。見かけだけなら、私は落ちこぼれに類しない実力を持っている……はずなのです。
しかし、実態は高校3年生の夏に鬱で入院し、理系についていけなくて直前で文転して、私立大学は実際に受かった国公立大学以下のところも受からなかった苦学生です。たまたま、自分の受けた国公立大学だけが社会科目を使わなくても戦えたために、国語・英語でどうにか切り抜けただけです。
しかも、大学だって合理的配慮を駆使して、時間帯の早い授業や(コロナのせいの)映像授業をギリギリどうにかしてもらって四年で卒業しました。ぶっちゃけ、交友関係も広がらなかったし、経験という経験もしてないので大学のお金は無駄だったかなとさえ思っています。
精神病にかかる人は意外とすごい人が多いものです。精神科に入院した同期には映画監督をやっている人もいます。ただ、傷ついている場所が明らかに見えにくいだけ。
もちろん、よくわからないことをつぶやいていたり、挙動が不審だったりすると警戒してしまう気持ちはわかります。ただ、何もなしにその状態に至った人は多くありません。そして、何もせずにその状態に甘んじているわけでもありません。
私の場合は「結婚をして、普通の家庭を築きたい」という夢があります。そのためには少なくとも月収20万はめざしたい、という目標があって。そして、就労時間が5時間でもセルフケアが足りなくてメンタルがしんどくなるという現実があります。
それでも、あきらめないために頑張っています。命を投げ出してしまえば、と思うことはよくありますが、それで終わりにしないために頑張っています。
このブログで一番言いたかったことはただ一つ。何もせずにその状態に甘んじているわけではない。
思った以上に苦しんでいる人は反吐を吐きながら、壊れそうになりながらも、それでも、立ち上がっているのです。
夢と目標と現実がかけ離れているからこそ、福祉に頼りながらでも前に進んでいるのです。