高校生のころ、同級生に言われて今でも記憶に残っている言葉がある。
「人生に『もし』はない」
残酷だが真実である。
いくら過去を悔いても変えることはできないので、今目の前にある現実に集中して生きていこう、という前向きな生き方と考えることもできる。
成績優秀だった彼は自分に厳しく、そして他人に対しても厳しかった。
それでも、正論だけでは救われないかな、と思うこともある。
人は物語を読む。
フィクションは因果関係がしっかりしているからかもしれない。
誰かの視点に立ち、一貫した論理にしたがって全ての出来事が配置されている。
何かが起これば、それによってまた別の何かが起こり、そうした点と点は一つの線で結ばれて意味を成す。
正義が悪を打ち倒す勧善懲悪が好まれるのも、そうした理由だろう。
だが、現実はどうか。
世の中は非合理と矛盾に満ち満ちていて、全てがランダムに起こり、誰も正しくない。
そんな時、「たまらない誘惑」として、あのときこうしていれば、あのときこうだったらと考えて、この膨大な不確実性への抵抗を試みるわけだ。
人生に「もし」はないかもしれない。かといって、人間はそれについて考えるのをやめることができないのだろう。