自分こそ自分のファンたれ、と、いつの日かに夜空を見上げながら思った次第であります。
幼い頃から特に理由なんぞも考えもせず、ただひたすらいろんなものを作ってきました。
バカみたいな(笑)発明品、プラモデル、散文、小説、詩、クラシックからポップ〜ロック〜民族系の音楽、メインフレームのコンピュータシステム、オフコンやパソコンの業務システム、ゲーム、携帯アプリケーション、絵画、イラスト、ウェブページ、映画、ミュージックビデオ、フライヤー、ポスター、ペイントギター、コンピュータハード、インターフェース、企業ロゴ、商用フィルム、服飾、不評に終わった料理まで。
本当に、色々とやってきて、気づいたら還暦を超えていたんです。ぼくの世代のみんなも、きっとそうじゃないかな。
そんなこんなで、今は、ずっと自分の軸であった音楽と楽しく向き合って好きなように表現しています。
演奏したり、カラオケ使ったり、自作曲を披露したりと誰におもねることもなく、好きなように。
客観的に見た時、人は「この人、ナルシスト?」って思うかもしれませんね。
でも、そんなことはまあどうでもいいし、どう見てもどう考えて頂いても結構なのであるけれど、いろんなものをこさえてもまだ満ち足りず、それでも他人からの評価や反応が気になったりする自分の小物っぷりもまた愛おしい、いや、なんだか可笑しくなっちゃうのです。
車の中でジャミロクワイのアルバム数枚がチェーンでかかってると思いきや、
オリジナル曲のまだ歌詞がついてないものや作りかけのインスト曲、過去に作ったけど気に入らないテイクのものなどが流れていて、それをバックにやたら歌っている自分がいて。
そうか、ぼくはいちばんのぼく自身のファンだったのだ。
今になって気づいたのです。
当たり前で、そして人様に語るには本当に恥ずかしい事実であり、そしてそれで良いのだと特別な理由も裏付けもなく断じることが出来るとも思います。
だからといってそこに溺れるわけでもなく、ファンであればあるほど、ダメダメな部分もよく分かるわけです。まして自分自身だからね、わかりすぎるほど分かるのです。
これからも作る。作り続ける。
誰のためでもなく、自分というファンのためにね。
その結果、誰かが喜んでくれれば、それはなんだろう、何か報われた気がするんじゃないのかなあ。