前回の補足として書いておきます。
私は昔、ギャンブル依存症でした。
その時に、専業でやっているプロの方達から「ノリ打ち」に誘われ、リスク分散と勝率を上げる事にも繋がると気付きました。
また、あっちの方が、若い衆を使って島を全取りする所を目撃したり、
また、ある社長さんが、パチ屋に通っていた人を少しずつ仲間に入れては、自分が狙っていた台などを全員に打たせ(当時は寂しさもあって若い子等に打たせていると思っていた)、
また、ある社長さんが、他の社長さんとも仲良くなっては、自分の商品をタダで配っていたり、自分のお店に招いたり、お店の宣伝をさせようとしたり、
また、あるユーチューバーさんが、色んな人達と仲良くなっては、何気ない日常会話に、何度もお互いの会社や商品などを褒め合って絶賛している姿であったり、
また、炎上商法でもそうですが、個人でやる場合もありますが、企業がやるノイズマーケティングもありますが、
話題性を作り、緊張状態を作り出すことで視聴者を釘付けにさせ、喧嘩に発展する場合も多く(プロレス)、でも最後には仲直りする姿であったりと、
泳がせに泳がせながらも、それらをSNS全般の数字獲得にお互いが利用していたり、本来はそんなことは裏で内々でやれば良いわけですが、
正攻法な協力、策略的な協力、買収的な協力、脅迫的な協力、大衆を巻き込んで協力させている状態など、あらゆる協力の形がある訳ですが、
結局、人は「協力」することで何倍もの力が生まれるのだと思って来ました。
悪知恵にも繋がってしまうので、こういった話は普段はしないですが、実は、お金持ちの人ほど協力し合っています。言い方を悪くすると、多くの人を使い、協力させてもいます。
また、前回少しお伝えした、農のある暮らしでの協力や、拡大家族の利点、共同生活について書きましたが、そこで合致したのですが、
巨大な組織ほど、良い言い方をすれば人が協力し合っていますし、夫婦でも、親、兄弟姉妹、友達などでも人は協力し合っている。
昔は、ご近所さんの協力もあり、田舎ではその風習文化はまだ残っている。
つまり、誰かと協力し合うことで、そこには固い絆や、同じ目的や、同じ志など、それらがあれば、人間の生活は楽しくも豊かにもなる。
もちろんそこには、喧嘩であったり、出て行かれたり、裏切りがあったりもします。
会社の場合でも、離職率の低い所というのは、単純に働き手の人々を大切にしていて、経営者も個人の利益に走っていないという事にもなる。
もちろんそこには、何処かの誰かを安い賃金で働かせているという場合もあったりします。
反論を防ごうと補足を入れていると内容が複雑になるのでやめますが、これらの経験や考えから、人は如何に協力し合うことが大切なのかも知って行きました。
それは、如何にお互いが大切にし合うのか、思いやりを持ち寄るのか、何かの為に協力し合って行くのか。
良い意味でも悪い意味でも、ご家庭やビジネスなどで「協力」というのは使われています。
ただ、ビジネス面での協力は、ブラックなどがあったりもして、家族単位での協力も成立していない場合が多い。
ご家庭では、根本的に核家族化していることに問題があるのですが、そこで搾取が行われている場合がある。
昔は、社会人になったら、我が家の場合は家に3万円をいれるという習慣があったのですが、中にはほぼ全てのお金を入れさせる親がいる。
また、子供も欲深くなっていたり、親は稼いでるんだからと、実家暮らしでも1円も入れない成人した子供たちもいる。
親子仲が悪いご家庭も多く、親に感謝なんかしていないという人も多く、親には感謝していると言いつつも何もしていないという子供も多く、
たまにお歳暮を贈っているだとか、近くにいると喧嘩になってしまうから離れて暮らしているんだとか、一緒に暮らしていても嫁姑問題だとか、hfbsb問題だとか、
お嫁さんのストレスを考えたりだとか、二世帯住宅だとか、近くに家を建てたりとか、余計にお金が掛かるような生活環境が生み出されてもいる。
たとえ離婚しても、実家には戻りたくないという方も多く、泣く泣く金銭的な理由で戻るしかなくなったと言う方もいたり、何処までもお金が付き纏っていて、赤の他人以下とも言える心の関係もある。
昔は、友達とか世間には相談できなくとも、親や兄弟姉妹には相談できていたとか、嫁入り、婿入りも、同居するのが当たり前にあった。
ですが、近代化して行く中で、合同家族も失われ(全てを協力し合い、財産も全て共有)、拡大家族でも長男が家を相続するという風習などから遺産相続の醜い争いも起き、
核家族が次第に当たり前になり、親とも離れ離れ、兄弟とも離れ離れ、むしろ喧嘩している、仲が悪い、絶縁状態だ、上辺では仲良くしている、という方達も非常に多い。
私が子供の頃に凄く嫌だったのが、親戚の集まりだとか、お盆とか正月だとか、その付き合いはちゃんとやるような一族で、バスを借りて親戚同士で旅行に行ったりなど、毎年やっていて、
傍から見れば仲の良い一族なんだなと思われていましたが、私の父親が、父親の姉と取っ組み合いの喧嘩になったり、私の姉の結婚式の帰りのバスで、8人の兄弟姉妹の大喧嘩が始まったり、
60代の妹たちが身を寄せて恐れていて、まるで子供の頃の縮図を見た感じでしたが、
もう何と言いますか、呆れて物が言えないと言いますか、もう茫然自失の口をパッカーンと開ける空虚で、家に帰った後も、家業はどうなんだとか、娘がどこどこの大学に受かったわとか、下の子は海外に留学するんだわとか、その中の親戚の叔父さんで大好きな人もいたのですが(父親のお兄さん)、ほんとに、今思うと、みんな良い心を持っているのに、完全にお金に毒されたやんばい叔母さんもいましたが(父親の姉)、お金だとか肩書きだとか、そんな物に毒されてしまっていて、そこが表立って出て来てしまうと、悪い所が爆発してしまうみたいな、
ほんと、悲しかったですが、父親に「あいつはもう駄目だ」と私のことを親戚の人に言ってる声が聴こえたり、みんなお金を持つことで、マイホームも持てたり、お嫁さんにも気を遣えて、嫁姑問題を解消できたり、子供にも塾に通わせて良い教育を与えれたり、良い暮らしを与えれたり、良い事のように思えるのですが、それは実は心を失っている状態で、お金に依存した、お金ありきの心になってしまうのですが、
例えば、嫁姑問題でも、中国のドラマを観ていると、お嫁さんを何よりも大事にするという描き方をされていて、息子が何か嫌なことをしたら私に言って、俺に言いなさい、代わりにシバくからと、もちろんこれはドラマ上の話ですが、
ただ、本来は、それくらいの意識優遇が必要で、合同家族でも拡大家族でも、ある意味他人の家族に嫁入りする訳で、それは周りの多大な思いやりと配慮が必要で、特別待遇でも良いくらいで、
でも、悪しき文化を造り上げて来た中で、嫁いびりや、ムスコンであったり、マザコンであったり、家政婦以下、子孫を残す為の道具くらいに扱われて来て、そのせいもあって豊かになると共に核家族化してもいる訳ですが、
今必要なのは、経験と共に気付いて、巡り巡って、拡大家族が見直され、最終的には合同家族、これは友達同士でやるでも良いでしょうし(共同生活)、同じ志を持った者同士でやるでも良いでしょうし(半農半Xでの共同生活)、段階を踏んで、
いつか、家族の大切さを誰もが思い直し、思いやりの大切さや、家族の絆、家族の素晴らしさを、何かしらの強い協力体制が生まれることを願っています。
今後の日本は、この「協力」の意味に、嫌でも気付いて行くと思っています。
そこには、どんな心が必要なのかとも。
恐らく、偽善から入るとは思いますが、様々な問題が生じるとは思いますが、
生活の安定と心の豊かさが生まれ、思いやりを持って、優しさを持って生きることこそが、最善であると知って行くと思います。
今一度、ご家族の在り方や、ご自分の生き方や考え、本当にそのままで良いのかと、まずはご自分から見直して頂けたらと思っております。
そこにお金が先行してしまうと、時代にも流されていると、巨悪の教育と洗脳にも流されていると、子供は親にも心からの感謝はできなくなり、拡大家族すらも実現しません。
当然、老後の面倒を看たいだなんて思うような心も生まれませんし、子供を脅迫して面倒を看させるような親にも成り下がりますし、そんな心だから、親子関係が崩れるのです。
親子は仲が悪いのは当たり前くらいの時代になっていますが、それが嫌で子供にお金や物を与えまくり、兄弟姉妹のような関係性を築く親子もいますが、ほんと、ろくでもないです。お金で絆を生もうとする。そんなのはお金が無くなった瞬間に脆くも崩れる。
人間にとっての幸せとは何なのか、今一度、考え直して頂けたらと思います。