【明けまして御めでたくない】自虐史観脱却

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能天気に生きたい、現実を直視したくない、映画を見て癒されたり、着色された数の子を買って自分を満たそうとしたり、私はそんな年末でした。

風物詩も良い物だなと思う反面、それも上が造って来た文化だよなぁと、クリスマスもお正月も、浮足立って、その時だけは開放的になったり、財布の紐が緩んだり、優しくなったり。

大盤振る舞いになったり、みんなも顔が緩んでいて、お祭り気分になっていたり。

子供の頃から抱いていた疑問でもありますが、さて、新年早々、恐らく、現実を直視して前に進もうとする方なんていうのは、極々僅かだと思います。

正直私もキツイです。

この世の事なんか放っておいて、自分勝手に生きて、適当に生きたい。


AIを推奨する人も当然グローバリストなのですが、AIを取り入れたほうが良いんじゃないか、AIが代わりに稼いでくれる時代が来る。

物価も高騰する、配送料も年々上がり続ける、でも民衆は貧乏だし、個体その物の値段は上げられない。

とにかく上が作った流行りにも便乗して、転売してお小遣い稼ぎ、もうあんなことやこんなことも、給料も低いし、馬鹿みたいに朝から晩まで一生懸命働いているのに、給料は僅か。

アホらしい、ギャンブルでもやって一攫千金を、宝くじでも買って豪遊ライフを、いやいや、世界の動向に乗って上手く賢く稼いで何とか乗り切る。

上に取り込まれていて、それ以外の選択の余地がない。


今後はお金持ち相手に商売をしないと生き残れない、日本は貧乏だから、上に搾取されちゃってるから、国内の半数程度の生活に余裕のある人からの需要を作る。

いやいや、そんなんでは先行き立たないから、世界からお金を頂く物を作らないと。海外の媒体からお金を頂かないと。

そんなことを考えている人も多いはず。


昨年のお話で、私的には大切なことは伝えられたので、もう良いかなと思っていたのですが、とある影響力のある人の、ほんとに、この理解なんて誰が持てるのか、私は私なりに抗って、50年後100年後に気付くような物事であったとしても、最早、声を挙げないことが罪だと思ってしまっているので、今後もブログに掲載して行きます。

これもまたノーボーダーからの流れにも便乗させて頂きますが、私個人の意見を言わせて下さい。


自虐史観についてなのですが、私が特に、強く、結論とも言えますが、「人間において根本的に必要な思考がある」と言って来た事があります。

それは「自分で考え気付くこと」。

この話をすると本一冊分になってしまうので、興味のある方は私の本やブログをお読み下さい。


この記事では端的に述べます。

私は東京に上京していたある時、恩師から「何でも疑問に思ったらとことん悩んで考えなさい」と言われました。

この言葉が、精神病の回復にも繋がり(認知療法)、今の私を作り上げて行くことにもなりました。

一時は、何でもかんでも疑問形にするほどに異常に憑りつかれていましたが、答えが出ても、それもまたひたすら疑問形にし、ひたすら考えていました。

それは、ひたすらありとあらゆる物事の根本(原因と結果)を考えて行く作業や、それと同時に最も大切な事は何なのか、また過去や現在や未来まで派生して行きました。

その中で、どうしても行き詰まる物事が出て来るのですが、それは「どうしてそうなるのか」という、心理の枠をも超えた原因についてです。

それらはあらゆる物事で言えるのですが、元々都市伝説が大好きだったのもありますが、日本で調べるよりもアメリカやロシアで調べると物凄く面白い記事が大量にあり、また、自分の病を英語圏で調べて行くうちに、そこで日本とはまるで違う実態や、医療の闇についても知って行くのですが、その中で、今ではもう日本でもお馴染みの、ロスチャイルド家や、フリーメーソンや、イルミナティ、ユダヤ関連の、論文とも言える程の80ページ近い記事や、金貸しの起源や、保険や、お金の流れ、秘密結社の弾劾裁判、興味と恐怖心と身震いするほどの歴史の数々も知って行きました。日本の情報など面白味に欠けると思うほどに。

つまり、何が言いたいかと言いますと、「自分で考え気付く」という所から全てが始まり、それは歴史や真実の探求にも繋がり、また、これも本で言っていますが、「心の教育」というものが如何に大事で必要なのかと思うようにもなって行きました。

それは、この便利で豊かな社会を目指し、学校では洗脳され強制され、日々仕事にも追われ考える暇もない。

親の言う事と言えば、「勉強しなさい」「宿題は」「良い大学に行くのよ」「良い会社に入るのよ」「親孝行するのよ」、こんなレベルの心の教育しかしていないという現実にも気付いた事です。

また、日本では無宗教の方も多く、誰からも教わる事がありません。人間とはなんなのか。何が大事なのか。何がいけないのか。「虐めたら駄目よ」、こんなレベルで、人生観、死生観。何も学ばない。

学ぶことと言えば、何でも良いからとにかくお金持ちになって、良い暮らしを送る。時給、正社員、福利厚生、ボーナス、昇進、退職金、投資などなど。


私の時代は、子供とキャッチボールする=良い親。塾に通わせる=良い親。外食に行く=良い親、良い家庭。旅行に行く=良い親、良い家庭。こんな程度でした。

それが当たり前だから、それが普通だから、それが正しい生き方だから、そのレールから外れれば駄目親だから、社会不適合者だから、こんなレベル。

勝ち組の月収は50万、年収は500万以上はないと、綺麗なお嫁さんを貰えない、遊べない、安定した生活が送れない、マイホームを持てない、自慢できない、子供なんていらない。

洗脳に次ぐ洗脳に次ぐ洗脳で、それらはほぼテレビが造り上げている事にも気付き、思想、精神、価値観、食、文化、生き方をも全てがコントロールされている。

自由があるようで、まるで自由がない。他人の目線や、他人の価値観、上に扇動された価値観で、国民は馬鹿みたいに比較し合って生きている。

頭が良くなることが正しいと、お金持ちになることが正しいと、それ以外は負け犬だと、負け組だと、努力が足りないと、良寛さんの話など全く通じない。


既に説明していますが、西洋の文化と技術を取り入れ、敗戦からアメリカの属国となり、メディアも全てDSからのコントロールを受けているからです。

この現代の在り方、便利で豊かな世界、近代国家、自由、平等、人権、民主主義、聞こえの良い体制を掲げ、敗戦属国半奴隷搾取構造の権力集中型アメリカ式資本主義経済を造り上げて来た。

自虐史観と言いますが、私からしてみると、自虐で良いと思っています。

日本も悪い事をしていたのは事実ですし、世界中がそうだとも言えますけど、勝ち負けで判断し、言いなりになって自虐するように仕向けられた。

言いなりになったのなら、その時点で自虐しなければならないのは当然でしょと思っているからです。

実際、戦争の勝ち負けで許されるのであれば、ご近所さんの土地とお金に目を付け、襲い、殺し、収奪し、家もお金も奪う。何がいけないのかとなる。

でも戦争だったらやっても良い。どっちが先に攻撃を仕掛けたにしろ、負けたなら言うことを聞かないといけない。言いなりにならないといけない。

当たり前だよね。この世は弱肉強食だし、食うか食われないかだから。

力の強い物が正義になるのだから。

意味が分かりません。


だから、戦争をするなと、攻撃をしようとするなと、反撃するなと、アジアを守る為に日本が立ち上がったとされていますが、日本が意外と強くて恐れてという話もありますが、もっとマクロに物事を捉えて下さい。

攻撃する、反撃する以上は、必ず勝ち負けが発生するのです。戦ってしまえば、負けてしまえば、言いなりになってしまえば、相手に力が集中する。

その成れの果てが今です。


いい加減気付いて下さいと言いたくなるのですが、どうしても人の命や、嫁子供の命、そこに感情が揺さぶられることで、子供と嫁と国民の命を守る為に、悪の言いなりになる。

また、この世の便利で豊かな生活と、昔の人達の生活とも比べ、今のほうが良いよね、ともなる。

私は、言いなりになるくらいなら、こんな世の中になるくらいなら、言いなりにならずに日本人は全滅して良かったと思っているのです。

つまり、今の私も存在していないし、このブログを読んでいる方も存在していないかも知れませんが、私はそれで良かったと思っているのです。

これを伝える為だと思ってはいますが、決して言いなりになってはならない。攻撃してもならない。反撃してもならない。武器なんか持つな、核なんか持つな、悪に殺されろ、という、ぶっ飛んだことを言っている訳ですが、これが「正しい」と心底、問答無用で思っています。

この理解など誰が持てるのかですが。


現在は、何が正しいかは分からない、それが知的で知性を持った人の発言のような風潮がありますが、確かにその側面はありますが、私の中では、断固として、言いなりになるな、たとえどれだけ嫁子供が殺されようとも屈するな、ガンジーの非暴力不服従を貫き、もし、悪が、全員を殺そうとするのであれば、そうしろと、悪の為に殺されろと、何もメリットは生まれないと気付かせる。

結局、悪の言いなりになる人間がいるから、こんな世の中が造られる。

当然、この思想を実現させることは難しい訳です。ガンジーは実現させようとしたので、どれだけ偉大だったのかと思っています。大勢の人達がガンジーの思想に目覚め、実行した訳ですから。

この運動は100年経った今であるからこそ、悪にとっては非常に不都合な思想になる。ブログをお読み頂きたいですが、何故かコロナ禍に入った辺りから、ガンジー批判が日本でも一部で巻き起こっていました。


何度も言いますが、人間で生まれてこのかた、最初から最後まで聖人君子なんて誰一人いません。

私は自分で表に出していますが、国分さんのことでもそうですが、イメージで売る商売など、もう時代遅れのビジネスモデルですし、これは一般の方でも一緒です。

自分はそれはしていないからと、自分を棚上げして、良い人ぶって他者を批判しまくる。

カジサックのことも取り上げて下さいと言われたのですが、コメントをしている人達が、パワハラであり、モラハラをしているという事に誰も気付いていない。

そこに気付かせる影響力のある人が現れたら、益々言論は奪われ続け、誰もが良い人ぶらないといけなくなる。


時に、状況と場合と人によっては暴言を吐くことがあったって良いのです。時に叩くこと事だってあったって良い。

それすらも駄目となれば、最終的には、無関心、無神経の領域に達して行きます。

確かに、相手を理解することを務めると、怒る必要すらなくなって行きます。

それが聖人君子とも言えるほどの人格にもなる訳ですが、何一つ矛盾なく持っている人は、私は今までに誰一人として見たことがありません。

無関心、無神経、愛のない、自分が嫌われたくなくて、自分の自由を重んじるばかりに、自己都合理論で良い人ぶってる人は見たことはありますが。

全ては自業自得であり、自分を守る為にも怒らなくなり、自分にとって不利益を生じるのなら、怒る前に切って排除する。それが相手のとっても自分にとっても最善であるという理由付けがされて行く。

それが思想的にも最良の選択でもあると。

崇高な人達は大勢いて、特に著名人は絶大な影響力を持ってしまうのですが、お金ありきの、そんな人達の思想や考えが定着して行く。

良寛さんの話など一切通用しないほどに。


結局のところ、何処までも大金持ちが正義となってしまう。

行動力も凄いですし、お金にも流されている民衆の90%が納得の行くような理論を掲げれば、それが正しいとなってしまう。

どれだけ悪いことをしても、自分にとって都合の良い解釈が合わさり、人の痛みよりも自分の自由を重んじるようなり、素晴らしいと感じるような解釈や思想を連ね、多くの現実や問題を度外視しながら、自己都合に持って行く。

そんな人達に安易に賛同し感動し受け入れている人達を見ると、と言いますか新年早々見たので、もうどうしようもないのかなって思った次第であります。

本当に良い事を言うんですよ。私も90%は賛同できる程に。

ちなみにトランプ大統領もエプスタインも帝王学を学んでいたそうです。

今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m




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