実は1年目よりしんどかった「看護師2年目問題」と、私が後輩とご飯に行く理由

実は1年目よりしんどかった「看護師2年目問題」と、私が後輩とご飯に行く理由

記事
コラム
はじめに:実は1年目よりもしんどかった「2年目問題」
「1年目の看護師はつらい」

よくそんな体験談や苦労話を目にするし、フォーカスされがちだけど
正直私は2年目も同じくらい辛かった記憶があります。

2年目になったからといって、何かが急に変わるわけじゃない。
ただ2年目に突入しただけで、病棟経験はたったの1年です。
それなのに、何十年と経験している先輩たちからは「もう2年目なんだから」と言われる。

急にハードルを上げられても、こっちは「そんな急に求められても困る……」というのが本音でした。

1年目と違って先輩の目は離れる。
でも、まだまだ初めて経験する業務や処置はたくさんある。

先質問や確認をしたいけれど、現場はいつも人手不足。
先輩たちは1年目の教育につきっきりで、「2年目のことまで見ていられない」という空気が病棟に流れている。

結果、インシデントの数は1年目より2年目の方が増えてしまいました。
ミスが積み重なるにつれて、自己肯定感は下がるし精神的にも追い詰められました。

第1章:先輩たちの「後出しダメ出し」と未熟な教育体制
ある日先輩からはこんなことを言われました。
「2年目の子たちって、業務をこなすことばかり必死で患者さんのフィジカル面を全然見られてないよね」

これには同期みんなで怒りが爆発しました。
新人時代、あれだけ「ナースコールに早く出て」「仕事を早く覚えて」「時間管理をして早く帰りなさい」と口酸っぱく言ってきたのは誰ですか?
2年目になった途端に「看護の質が低い」と後出しでいってくるなんて
いくらなんでも理不尽すぎる。

だからこそ、私は「絶対に必死でもがいて一人前の看護師になってやる。」
「自分が教える立場になったら、後輩にこんな思いは絶対にさせない。」
「大事に大事に関わっていこう」と心に誓ったんです。

どれだけ経験を重ねても、どれだけ看護を極めても
「私たちの時代はもっと大変だった」「これくらいやって当然」なんて絶対に言いたくない。
新人時代の悔しさと闘った日々は、一生忘れたくないと思いました。

第2章:教育の大きな落とし穴
1年目は新しい環境に必死で食らいつく日々で、感情といえば「しんどい」「怖い」でした。
でも2年目は怒られたり、過小評価されたりすることが増えて「悔しさ」の感情の方が大きかったです。

さらに悔しかったのが、私たちの下に新しい後輩が入ってきたときのこと。
上層部から「離職率を下げるために、新人は怒っちゃダメ」という教育方針が下りてきたんです。

その結果、先輩たちは全く怒らなくなりました。
正直「怒らないって何?」と呆れてしまいました。
離職率を下げたいから怒るな?

大前提として、採用コストがかかっていることや、病院運営のために人材を確保しなければならない経営陣の事情は理解できます。「だから怒っちゃダメ」というのは、根本を何もわかっていません。

ニュアンスとしては「先生に怒られるから宿題をしてくる」に似てますよね。
多くの人は「違う、あなたの勉強のために出してるんだよ」ってなります。
この捉え方の違いで子供たちの宿題への意識も変わってくると思うんです。
(私は1秒でも早く遊びにいきたかったのでタイパ命でやってました。)
すなわち「長くこの職場で看護師として従事したい」って思ってもらえるように努力をしてほしいんです。

怒ってもいいんです。厳密には、ちゃんと「叱る」べきところは叱らなければならない。 大切なのはそこじゃない。
根底に「看護師になってよかった」「看護って楽しい」「先輩が今日教えてくれたことをもっと詳しく知りたいから、家に帰って調べてみよう」と思えるような
前向きな関わり方を先輩側がしているかどうかです。

昨日今日できた病院でもないのに、そんなこともわからないの?と思って見ていたら
案の定、その後輩たちは1年目でほとんど辞めていきました。

この時から私の中で「理想の教育者像」が少しずつ形成されていきました。

第3章:きっかけは自分のエゴ
私は後輩とは積極的にご飯に行ってました。
なんなら夜勤明けの今すぐにでも家に帰って寝たいって思っているかもしれない状況でも、モーニングに誘っていました。

こんなにご飯に誘う背景には私の新人時代の経験が関係します。
自分が新人の頃、先輩方とご飯に行く機会なんてほとんどありませんでした。
新人から誘えるわけもないし、先輩から誘われることもなかった。
そこには大きな心の距離がありました。

きっと先輩たちは「後輩とご飯なんて行きたくない」と思っていたのかもしれないし
単に興味がなかったのかもしれない。もしくは「誘ったらパワハラになるかも」と過剰に気にしていたのかもしれません。

結果どうでしょう。
私の教育担当者は、私が今何を考えていて、どう感じているのかどうサポートしてあげたらいいのかが全くわからずお手上げ状態でした。

逆なんです。 もちろん個人差はありますが、特に繊細な新人や自己肯定感が下がっている子は、「私は職場の人から嫌われている」「先輩から愛想を尽かされている」と怯えています。

他人の評価を気にしないタイプの子なら、誘われても上手にかわすか
仕事の付き合いと割り切って適当に行けるでしょう。
でも前者タイプの子は、そうはいきません。

だからこそ、仕事場以外の場所でたわいもない話をしたり趣味の話をしたりして、パーソナルな部分を知れる時間が本当に救いになるんです。

「普段は怖い先輩だけど、プライベートでは普通の優しい人間なんだ」
「看護に対して熱い思いがあるから、仕事では厳しく指導してくれるんだな」

そう納得できるだけで、見え方は180度変わります。
「飲みハラ」なんて言葉もあるけれど、無理やり縛り付けるのでなければ
先輩から「ご飯行こう」と声をかけてもらえるだけで、心が救われる新人は確実にいます。

だから私は、一か八かで後輩を食事に誘いました。
すると後輩はこう言ってくれたんです。 「私、先輩たちは仕事以外に後輩に時間使いたくないかなって思ってたのでご飯に行けて本当に嬉しいです」

そこから、趣味や推しの話で盛り上がり
さらには職場では聞きづらかった素朴な疑問をたくさんぶつけてくれました。
「シフトの休み希望って、本当は何日まで出していいんですか?」
「ボーナスって、いつ頃入ってくるんですか?」

先輩を頼らないと解決できない小さな疑問やSOSをすくい上げて
心を解放してあげる時間が、教育には絶対に必要だと思います。

数日後、他の先輩から「あなたは他の教育担当よりも後輩に寄り添っていてすごいね」と高く評価されました。
私としては、ただの自己満足というか、
「自分が新人時代に先輩からしてもらいたかったこと」をしただけでしたが、良い方向に捉えてもらえてホッとしました。

おわりに:あの日の悔し涙は、いつかあなたの財産になる
2年目のとき、本当に悔しい思いをして、毎日のように泣いていました。
でも、あの時に経験した痛みがあったからこそ、自分の中に理想の教育者像が生まれました。
それが後輩たちに届いて彼らを救えたときに、かつての私の涙はすべて報われた気がしたんです。

だから今職場の人間関係や環境に悩んで、強い憤りを感じている人は
その経験は、将来のあなたにとって「かけがえのない財産」になります。

もちろん、今まさに渦中にいる人からすれば「そんな風にポジティブに変換する余裕なんてない」「結果論でしょ」と思うかもしれません。
それでいいんです。

ただいつか「あの時の経験はこういうことだったのか」と繋がる日が来るように頭の片隅にでも置いててくれたら嬉しいです。
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