※大前提として、アドラー心理学が唯一の正解ではないし、真理でもありません。
ただ、自分の人生を少しでも良くするための、選択肢の1つとして知ってもらうことが私の目的です。
過去の辛い出来事や経験。それが今の自分の心や行動に深く影響を与えていると感じている方は、少なくないかもしれません。
なぜ、あの時の出来事が、今の私をこんなにも苦しめるのだろうか。
そんな風に考えたことはありますか?
はじめに
「トラウマ」という言葉を耳にすることは、現代では珍しくなくなりました。
心を傷つけるような過去の出来事が、その後の人生に影を落とす。そう考えると、私たちの現在の困難は、すべて過去の経験によって決定されてしまうかのように感じられるかもしれません。しかし、アドラー心理学には、過去の経験が私たちに与える影響について、少し異なる角度から光を当てる考え方があることをご存知でしょうか。それは、出来事の「原因」を探るだけでなく、その経験が現在の私たちの行動にどのような「目的」を持っているのかに注目するという視点です。
過去の経験は私たちに影響を与えるのか?
確かに、私たちの心や人格、そして人生を歩む上での態度は、子ども時代の様々な経験や育った環境によって形作られる部分が大きいと言えるでしょう。幼い頃に感じた心の傷つきや、満たされなかった欲求、あるいは特定の出来事に対する強い印象は、その後の私たちの行動のパターンや、世界をどう見るかという視点に深く根ざしていると考えられます。
例えば、身体的な弱さや病気、他の子どもたちとの関わりが少なかった経験、あるいは親からの厳しすぎる教育や不当な扱いなどが、人によっては並外れた劣等感を生み出すきっかけとなることがあるようです。この劣等感は、孤立を選んだり、他人を敵のように見なしたり、困難な状況から逃げようとしたりする態度に繋がることがあります。
また、家族の中での自分の立場、たとえば兄や姉、あるいは弟や妹が生まれたことによる経験も、その後の性格の発達に影響を与える可能性が指摘されています。兄や姉に比べて自分は劣っていると感じたり、親からの愛情が他のきょうだいに向けられているように感じたりすることが、強い競争心や、逆に諦めの気持ちを生むこともあるでしょう。甘やかされて育った子どもが、注目を集めるために不安や恐れを利用するようになるケースもあれば、逆に無視されたと感じた子どもが、他人に対して不信感を抱きやすくなるケースも考えられます。
こうした子ども時代の経験は、その後の人生で直面する様々な課題に対して、どのように向き合うかというライフスタイルや環境に対する態度決定を早い時期に形成し、それが固定化されやすい傾向があると言われています。そして、この時に形成された「当時は有効だった」ライフスタイルが、人生の課題への不適応や、いわゆる問題行動の原因となるという見方も存在するのです。
過去は現在を「決定」するのか?
もし過去の経験がすべてを決定してしまうのだとしたら、私たちはその「トラウマ」と呼ばれるものから一生逃れることができないように感じてしまうかもしれません。過去の辛い出来事が、まるで未来永劫私たちを縛り付ける鎖であるかのように。
しかし、別の角度から考えてみることもできるのではないでしょうか。私たちの行動や感情は、過去の出来事という「原因」だけで説明されるのではなく、現在、あるいは未来の特定の「目的」のために機能しているという考え方です。例えば、困難に直面した時に不安を感じたり、逃げ出したくなったりするのは、過去の失敗経験が原因なのでしょうか?それとも、それは「失敗するかもしれない」という未来の可能性から自分自身を遠ざけ、傷つくことから避けるための「目的」に基づいた行動なのでしょうか。
問題とされる行動や、神経症的な症状でさえも、その人にとっては特定の「目的」を達成するための手段であると捉えることができます。それは、人生の困難な課題(仕事、対人関係、愛など)から逃避するためであったり、他者の注目を集めるためであったり、あるいは自分の優越性を主張するためであったりするのかもしれません。過去の出来事自体が問題なのではなく、その出来事をどのように解釈し、それによってどのような「目的」を持って生きることを選択したか、という点が重要になるのではないでしょうか。
この視点に立つと、過去の辛い経験は、私たちがどのように世界を捉え、どのような目的を持つに至ったかを示す手がかりではありますが、未来を完全に決定するものではない、と考えることができるのかもしれません。もし過去が現在を決定してしまうのであれば、心理的な困難を克服し、より良い人生を歩むための治療や成長は不可能になってしまうでしょう。しかし、私たちは変化し、成長する可能性を常に持っているのではないでしょうか。
未来への一歩を踏み出すために
過去の経験に囚われず、より充実した未来を築いていくためには、何が必要になるのでしょうか。それは、過去の原因を繰り返し探すことではなく、まず現在の自分の行動や感情が、どのような「目的」を持っているのかを理解しようとすることかもしれません。そして、もしその目的が人生の課題から逃避するような、自分自身を苦しめるものであるならば、より建設的で、自分だけでなく他者にも貢献できるような目的に方向転換していくことが求められるのではないでしょうか。
そのためには、困難な状況から逃げずに立ち向かう勇気を持つことが大切になります。そして、もう一つ、私たちをより良い方向へと導いてくれる重要な要素があります。それは、共同体感覚、つまり他者への関心や、社会や共同体の一員として貢献しようとする気持ちです。自分自身の内側だけに閉じこもるのではなく、他者と関わり、協力していくことの中に、私たちは自らの価値を見出し、困難を乗り越える力を得られるのかもしれません。
過去の辛い経験は、確かに私たちに影響を与えます。しかし、影響にはなりますが、決定ではありません。そして、それにどう向き合い、どのような目的を持ってこれからを生きていくのかを「決定」するのは、他ならぬ私たち自身です。過去に決定権があるのではなく、様々な影響から決定するのは、自分自身なんです。過去の経験を乗り越え、未来に向かって自らの足で力強く歩んでいくことは、決して不可能なことではないのではないでしょうか。
おわりに
「トラウマは存在しないのか?」という問いに対する答えは、言葉の定義によって異なるかもしれません。しかし、過去の辛い出来事が今の自分に影響を与えていると感じる時、それが過去に原因を求めることにつながるのか、あるいは、その経験を通して自分がどのような目的を持って今を生きているのかに気づく手がかりとなるのか、その視点の違いが私たちの可能性を大きく左右するのではないでしょうか。
あなたの過去の経験は、あなたというユニークな存在を形作る一部です。しかし、それがあなたの未来を決定づけるすべてではありません。これからどのような目的に向かって歩んでいくのか。それを考える時、あなたの人生には、無限の可能性が開けているのかもしれませんね。