あるがまま
在るがまま
それは、この体の中の私としてあるがままということではなく
まるまる自分含めた全体のわたしとしての”在る”がまま
今日ご縁ある方とのお話の中で
『あるがままで生きてるはずなのに、苦しい、もやもやする』とのことでした。
伺ってみて、見えてきたものは
自分の理想で在ろうとしていた。
全体のわたしなら・・・全体の意識なら・・・
そんな風に
実際、今湧き上がってきているものを
無意識に抑圧、歪められていたようでした。
体の中の私、主観の私が勢力をふるっていたのですよね(笑)
”わからない~~~”
と湧いてくるなら、
”わからない~”
が在るがまま。
解らなければ不完全だからわかろうとしなければ。
そのような考えが、”在るがまま”を歪めようとしていたことが
抵抗となり苦しみという感覚が現れてきていたんです。
”わからない~~~”ならそれでいい。
どんな抵抗あることが沸き上がってきていても
それそのまんまでいいんです。
私の考えの入らない
”在るがまま”
私も昔は同じように苦しんでいたので、
もしかしたら、勘違いの中苦しんでおられる方がいるのでは??
そう感じました。
”在る”は
そこから現れるものを無条件に受け入れているのですね。