慈悲の心を持つということ

慈悲の心を持つということ

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コラム
10月に入ってから、守護存在から「慈悲の心を持ちなさい」とよく言われるようになりました。

私は以前から、守護存在に話しかけられることがあります。

それは、目に見えない守護霊、スピリチュアルガイド、大いなる存在、トゥルーセルフ、藤井風さん的に言うとハイヤーセルフなどと呼ばれる存在です。

私は総称して「守護存在」と呼んでいます。

先日、緑色の肌をした観音菩薩さまのような方が視えました。

どなたか聞くと、「緑ターラ」と返ってきました。

調べてみると、緑ターラ(グリーンターラ)はチベット仏教の菩薩で、慈悲を象徴する存在とのこと。

ずいぶんマニアックなご存在だなと思いました。

おそらく、過去世で私が信仰していたのでしょう。

そのとき、「また慈悲か…」と思いました。その後も「慈悲」という言葉に何度も出会うシンクロが続いています。

泣き言になりますが、私にとって「慈悲の心を持つ」というのは生やさしいことではありません。

それは、自分の在り方を根本から見直し、生き方そのものを変えることを意味するからです。

そんなに深く考えなくても…と言われそうですが😭

そもそも、持とうと思って持てるものでもありませんし(笑)。
心(ハート)が大きく関係することでもあると思います。

本音を言えば「そう簡単に言ってくれるな」と😅

昨年くらいから、目に見えない存在に言われて実行していたことが、「慈悲の心を持つ」ということにつながっていたようにも思います。

ズバリそのものを言わず、準備段階として少しずつ慣らされていった感じです。


あとは、数か月前から「自分がどのように生きるのか考えなさい」とも言われます。

これは私に限らず、多くの人にとっても、自分の生き方や在り方を見つめ直し、意図することが大切な時期なのかもしれません。

この記事を読んで、心当たりやピンとくる方がいらっしゃれば、もしかしたら今がそのタイミングなのかもしれません。

今日はぼやきと、私と同じような感覚やタイミングをお持ちの方がいらっしゃればと思い、このブログを書きました。



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