講義で話してきた順番は、すでに章立てとして機能している

講義で話してきた順番は、すでに章立てとして機能している

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ビジネス・マーケティング
講義で話した順番は、何度も検証された章立てだ。

🎤 セミナーで話すとき、いきなり本題から入る人はいない。
まず相手が置かれている状況を確認する。なぜそれが問題になるのかを説明する。そのうえで対処の方法に入る。
最後に、始めるときの注意点を添える。
この流れは、何度も話すうちに固まっている。
毎回同じ順番で話しているのは、手を抜いているからじゃない。
試した結果、その順番がいちばん伝わると分かったからだ。実際の反応で検証された構成が、頭の中にできあがっている。
固まっているのは、うまくいかなかった経験があるからでもある。
この順番で話さないと質問が止まらない。この説明を飛ばすと後半が通じない。
実際の反応を見ながら直してきた結果が、いまの構成になっている。

📝 本を出したいと思ったとき、この蓄積が使われないことが多い。
本は書き下ろすものだと考えて、白紙から目次を作ろうとする。
話すときの流れと、書くときの構成は別物だと思い込んでいる。
実際には、どちらも初めての相手に順を追って理解させる設計だ。
読者は質問できないぶん、順番の重要性はむしろ高い。話す場で通用した順番は、本でも通用する見込みが高い。

🌀 にもかかわらず白紙から始めると、決まらない。
基準がないので、どの並びも同じくらい正しく見える。
何度も話してきた人が、書く段になって構成に迷うのは、持っている材料を使っていないからだ。
決め手が出ないのは構成力の問題ではなく、参照先を見ていないことの結果になっている。

📂 資料が形として残っていることも見落とされる。
スライド、配布資料、質疑のメモ。これらは講義の順番をそのまま記録したものだ。
なのに準備段階のものだと見なして、原稿の候補から外している。
さらに、資料は案件ごとのフォルダに散らばっている。
全部を並べて見たことがないので、どれだけの量があるのかも把握していない。書き下ろす前提でいると、この量が視野に入らない。

📐 章立てには型があることも知られている。
共通のテーマで材料を3〜5本選び、序章、本論3章、結論という5部構成に割り当てる。そういう手順を書いている人がいる。
講義の進行と並べてみると、状況の確認、問題の説明、対処、注意点という順番が、そのまま同じ形をしている。
新しく設計する必要は、もともとない。すでにある順番を写せば済む話だ。

⏳ それでも動かないのは、当てはめる作業が重いからだ。
型は公開されている。講義の順番も頭にある。
ところが、散らばった資料をその型に載せる作業は、まとまった時間を要求する。
相談が入り、セミナーの依頼も来る。忙しさは変わらないので、その時間が確保できない。

🔒 業種特有の事情も重なる。
コンサルティングの仕事では、守秘義務があって事例をそのまま話せない、という指摘がある。
何をしている人なのかが伝わりにくいのは、能力の問題ではない。説明できる材料が限られているからだ。
講義で話している内容は、その制約をすでに越えた形になっている。個別の案件に触れずに考え方を伝える組み立てが、そこで完成している。
使わないでいるのは、いちばん手をかけた成果物になる。

📊 量の把握ができていないことも、着手を遅らせる。
何ページあるかを数えたことがないので、1冊分あるのかどうかも分からない。
足りないかもしれないと思っている状態では、まとめる作業に踏み出しにくい。
数えれば済む話が、数えないまま何年も置かれている。

🔄 話す場と書く場では、直し方も違う。
講義なら、その場の反応を見て順番を変えられる。伝わっていない顔が並べば、説明を足せる。
本にはその余地がない。出す前に順番を決め切る必要がある。
一度きりで決めなければならないと思うと、慎重になる。慎重になるほど決まらない。
実際には本文を書きながら入れ替えればいいのだが、最初の1冊ではその感覚が持てない。

📝 タイトルや見出しの言葉づかいも作り直しになる。
手元の資料の題名は内輪向けで、抽象的なことが多い。
探している人に届けるには、誰が何をどうするのかを示したほうがいい、という指摘がある。
中身を変えずに入口の言葉だけを書き換える作業が、並べ替えとは別に発生する。
順番を作る力は、すでに何度も使っている。使っていないのは、それを紙の上に移す工程だけだ。

✅ 今日できることもひとつ。
直近のセミナーの進行表を開いて、話した順番を書き出してみる。
状況の確認、問題の説明、対処、注意点。その並びがそのまま章の候補になる。
書き出せたなら、章立ては白紙ではない。すでに手元にある。
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