あなたのセミナー資料、すでに1冊分あります。
📂 セミナーで話した内容。クライアントに配った提案書。事務所のサイトに載せたコラム。
置き場所がばらばらなだけで、分量としてはもう1冊分ある。
話す内容は毎回整理してあるし、質問されやすい論点も分かっている。
同じ質問を何度も受けているなら、その答えはもう言葉になっている。
資料はスライドやWordのまま、案件ごとのフォルダに散らばっている。
🤔 それでも本にならないのは、書き下ろす時間が取れないからだ。
そしてそもそも、書き下ろさなければならないと考えているからでもある。
実務で使ってきた資料は本にはならない、とどこかの時点で自分で決めてしまっている。
本は書き下ろすものだ、という前提だけが残っている。手元の資料は準備段階のものだと見なして、原稿の候補から外している。
📊 資料を原稿と見なさない理由は、たぶん完成度にある。
スライドは話す前提で作ってあるので、それだけを読んでも通じない。
ただ、通じないのは書き方の問題であって、中身が足りないわけではない。
置き直せば通じるものを、置き直す前の状態で見て、使えないと判断している。
💸 判断が止まるもうひとつの理由は、費用対効果が読めないことだ。
商業出版は企画が通るかどうかが自分の手に負えない。通っても時間がかかる。
かといって外部に頼めば、原稿を本の形に変換する工程がまるごと費用になる。
各社が公表している相場では、文章がメインの書籍で最低100万円程度。企業出版になると安くても300万円という記述が出てくる。
ただし、これらはいずれも出版サービスを売っている側が自社サイトに載せている数字だ。中立の調査ではないし、紙の書籍が前提になっている。
⚖️ 相場が読めないと、金額の妥当性も判断できない。
事務所に前例がなければ、いくらかけるのが妥当かの基準もない。
見積もりを何社か取っても、比べられるのは金額と納期だけで、成果の見込みは並んでいない。
先に費用が確定して、成果があとから分かる。この順番だと、慎重な人ほど動けない。
踏み切れないのは臆病だからではなく、判断材料の順序がそうなっているからだ。
⏳ 納期の長さも判断を鈍らせる。
数か月先に本が出るとして、その時期に何を仕掛けるかを先に決めておく必要がある。
決めておいたことが、出るころに状況と合っているとはかぎらない。
そのあいだ、事務所の集客に本は寄与しない。相談の場で渡せるものも、以前と同じままだ。
🔗 さらに、本が出たあとの導線が別作業になるという問題がある。
本を作る依頼と、その本から問い合わせにつなぐ仕組みを作る依頼は、たいてい別の相手に出すことになる。
1冊出したあとで、それをどう使うかをまた考え始める。そこでもう一度止まる。
本ができた時点で力を使い切ってしまう。
🔒 コンサルティングの仕事では、別の事情も重なる。
守秘義務があって事例をそのまま話せない、という指摘がある。
何をしている人なのかが伝わりにくいのは、能力の問題ではない。説明できる材料が限られているからだ。
だからこそ、個別の案件に触れずに考え方だけを見せられる形が要る。ところが、その形を作る工程で止まっている。
🗂 手元の資料は、形式もばらばらのまま置かれている。
スライド、Word、PDF、印刷用に作った配布資料。案件ごとのフォルダに、年度をまたいで散っている。
どれを使うかを選ぶには全部を開く必要があり、全部を開くには半日が要る。
その半日を確保できないまま、資料だけが増えていく。
📉 一度も全体を並べたことがない、という状態も続く。
何ページあるのかを数えたことがない。だから1冊分あるのかどうかも、感覚でしか答えられない。
足りないかもしれないと思っている状態では、着手の判断ができない。
数えれば済む話が、数えないまま何年も置かれている。
🎯 止まっている場所を、意欲の話にしないほうがいい。
材料はある。話す順番も決まっている。読者も特定できている。
残っているのは、それを本の形に変換する工程と、その先の導線をどう用意するかだ。
どちらも書く力とは別の種類の作業になっている。
書き下ろすかどうかより先に、手元に何があるかを確かめる話になる。
✅ 今日できる確認もひとつ。
過去1年分のセミナー資料をフォルダに集めて、ページ数を合計してみる。
それだけで、書き下ろしが本当に必要かどうかが見えてくる。
必要なのは追加の執筆ではなく、整理のほうかもしれない。1年分で足りなければ、2年分に広げて数え直せばいい。