張紅倫

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コラム
新美南吉先生の名作といえば、誰もが「ごんぎつね」を思い浮かべることでしょう。ですが自分は、「張紅倫」こそ、名作中の名作だと思っています。
この作品を、南吉先生は16歳のときに描いたそうです。天才は、若くして世に出るのですね。

ラスト数行の、青木さんと紅倫君とのやりとりは、泣けますねぇ……。
そして、最後に紅倫君が送った手紙の、なんと切ない想いでしょうか。

自分も、こんな名作を描きたいとは思っているものの、思うだけで全然描けません。南吉先生の足元どころか、はるか離れた場所から、影を拝むことしかできません。早世した先生よりも、年齢だけは、はるかに上となりました。

とても素晴らしい作品なので、この名作のあらすじを述べておきますね。

日露戦争中、最前線で古井戸に落ちた青木少佐は、張という中国人の親子に助けられました。
張さんの家で、体力が回復するまで世話になった少佐ですが、村人が少佐をロシア軍に売るらしいという話を聞いて、張さん親子は少佐を逃がしました。
そのとき少佐は、いままでのお礼にと、少年だった紅倫君に懐中時計を手渡しました。

やがて戦争が終わり、少佐も帰国しました。
会社員となった少佐は、同僚たちにかつて井戸に落ちた話をよくしていました。そして10年の月日が経ち、紅倫君も立派な大人になっただろうと、人々に話しました。←ここ、重要。青木さんは、自分が中国人親子に助けられたことを隠していない。

そんなある日。会社に若い中国人が、文房具を売りにやって来ました。
少佐が万年筆を「買う」と言ったので、同僚たちが集まってきました。
万年筆を選ぶ少佐の顔を、じっと見つめる青年。少佐が一本買ったとき、青年は懐中時計を取り出して時間を見ました。
「あ!」と声を上げた少佐は、「その時計を見せてくれ」と青年に言いました。まさしくその時計は、少佐が紅倫君にあげたものだったのです。
そして、「君は張紅倫じゃないか」と聞きます。しかし青年は、否定しました。
なぜ、彼は否定したのでしょうか。その理由は……。

もしもこんにち、この青木少佐と張紅倫君のように、お互いを思いやることができたのなら、きっと日中関係もうまくいくことでしょう。
この作品を思うたびに、いつもそんなことを考えます。

皆さんも、どうかご一読あれ! 年末年始に、涙腺崩壊したい方はこの作品に浸ってください。短編ですから、読む時間より余韻を味わう時間の方が多いでしょう。

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