第一章 ナツと鉄のおきて
ナツは2歳。小さな体に大きな瞳、そして驚くほどよくできた子だった。泣きわめくこともなく、ママの言うことをちゃんと守る。おもちゃを片づけるときも、スーパーで「買って」と言わないときも、ナツはいつも「いい子」だった。
その日、ママはじーじを新大阪駅まで送るために車を走らせていた。助手席にはじーじ、後部座席にはチャイルドシートに座ったナツ。車内は穏やかで、ラジオから流れる音楽に合わせてじーじが鼻歌を歌っていた。
途中、ナツがぽつりと言った。「リンゴジュース、ほしい」
ママは一瞬、ハンドルを握る手に力を込めた。ナツはわがままを言わない子。だからこそ、こういうときこそ「鉄のおきて」を守らなければならない。ジュースは特別なときだけ。そう決めていた。
でも、ママは言ってしまった。「じゃ、今日だけ特別ね」
車はマクドナルドのドライブスルーへと滑り込んだ。ナツはうれしそうに頷いた。ジュースを受け取ったナツは、「ありがとう」と言って、ストローを口に運んだ。
じーじは笑っていた。「ナツはええ子やな」
ママはふと、思った。ほんとうはこう言えばよかったのかもしれない。
「ママは買ってあげないけど、じーじなら買ってくれるよ、きっと」
そうすれば、鉄のおきては守られた。ナツは「いい子」のままでいられた。そして、じーじはアンパンマンになれた。
第二章 マサトと2の話
マサトは中学1年生。友だちはたくさんいる。部活も楽しい。けれど、勉強だけがどうしてもわからない。授業中、先生の声は遠くに聞こえる。テストの点数はいつも低くて、家に帰るとお母さんの顔が曇る。
「なんでできないの?」
その言葉が、マサトの胸に重くのしかかる。
ある日、塾でマサトはじーじに呼び止められた。じーじは塾の先生で、ナツのじーじでもある。白髪まじりの髪に、やさしい目をした人だった。
「おまえ、2はあるか?」
マサトはきょとんとした。
「2って、点数のこと?」
「そうや。2があっても、3が並んでたら入れる高校はある。おまえの2は、ちゃんと意味がある2や」
マサトはその言葉に、胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。
その夜、マサトはお母さんと話した。「作戦を立てよう」と言った。お母さんは驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って「いいね」と言った。
それからのマサトは、じーじの塾で「自分勉強」を始めた。じーじはマサトのノートを見て、「ええやん」と言ってくれた。その言葉が、マサトの背中を押した。
少しずつ、マサトは自信をつけていった。テストの点数はすぐには上がらなかったけれど、ノートの中には「わかった」が増えていった。
終章 アンパンマンの正体
ナツにとって、じーじはアンパンマンだった。ジュースをくれる人。歌ってくれる人。やさしく笑ってくれる人。
マサトにとっても、じーじはアンパンマンだった。苦しいときに、ひとことくれる人。自分を信じてくれる人。
アンパンマンは、甘やかすヒーローじゃない。困っている人に、ちょっとだけ力をくれる人だ。
鉄のおきてを守ることも大事。でも、子どもが育つには、誰かが「特別」をくれる瞬間が必要だ。
その「特別」を、どう渡すか。
それが、大人の仕事なのかもしれない。
じーじは、今日もアンパンマンだ。