子どもの頃のトラウマ

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コラム
こんにちは。

最近、子どもたちの間でエセ関西弁が流行っているんでしょうか?

実は私、4~6歳くらいまで大阪に住んでいました。小学校に上がる直前までの約2年間です。それまでは近畿地方に住んでいました。

大阪って、本当に人との距離が近いんです。

「大阪の人って毎週タコパするの?」ってよくネタみたいに言われるけど、私が住んでいた地域では、本当に毎週のように誰かの家でタコパしていました。

外に一歩出れば、知らない人でも誰かしら話しかけてくる。

母がスーパーで「このメロン、どっちがおいしいかな~」ってなんて独り言を言えば、近くにいた大阪のおばちゃんが、「それなあ!こっちがこうで、ああで・・・!」って教えてくれる。

マンションの庭の草がボーボーだと、管理人さんが塀を乗り越えて手入れを始めちゃう。

そんな、人との距離がとても近くて温かい街でした。

でも、子どもの世界は割と厳しかった。

関西弁が話せない私は、「変な言葉やなぁ!」と言われ、鬼ごっこでは毎回オニ。じゃんけんもいかさまされて毎回負ける。

当時は結構つらかった。

だから必死でした。

家では標準語。外ではバリバリの関西弁。

友達の輪に入るために、一生懸命覚えました。

関西弁が話せるようになってからは仲間に入れることも多くなりました。

でも、一人っ子で少しのんびりした性格だった私は、チャキチャキした大阪の子たちのペースについていけず、今度は別の意味でいじめられました。笑

当時の私は、「あかんで!」とか「なんでやねん!」みたいな言葉に馴染みがありませんでした。

覚えたものの、それを話すのは勇気が言ったし、それを母に聞かれるのも恥ずかしかった。

だから、我が子やその同級生がYouTubeや友達の影響でエセ関西弁を話していると、共感性羞恥が爆発します。

「大阪の人が聞いたら、イントネーション違う!ってツッコまれちゃうよ!やめてー!」って思ってしまう。

でも、それだけじゃない。

私にとって関西弁は、友達の輪に入るために必死で身につけた言葉。

だから、軽いノリで話しているのを見ると、子どものころの記憶がよみがえってきてしまうのかもしれません。

そんな軽いノリで話すものじゃないぞ!!
・・・と、心の中で毎回ツッコんでいます。

こうやって書いてみると、「なんでこんなことでイライラするんだろう?」と思っていたことも、子どものころの経験が関係していたんだなぁと改めて気づきました。

自分では気づいていない思い込みや、昔の出来事が今の感情に影響していることって、意外とあるものですね。

そんな「自分でもよくわからない気持ち」を一緒に整理するお手伝いが出来たらいいなと思っています。

話しているうちに気持ちが整理出来たり、「そういうことだったのか」と気づけたりすることもあります。

平日は大体18:00頃~翌02:00頃まで待機しています。
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