わが家には、2人の娘がいます。
同じ親から生まれて、同じ家で育っている姉妹。でも、性格も考え方も、物事への向き合い方も違います。
その違いを、私が強く感じた出来事のひとつが、中学受験でした。
学校の勉強がつまらないと泣いた姉
姉は、小さい頃から学校の成績がよい子でした。
妹と比べても、勉強の成績は圧倒的に姉の方が上。
そんな姉が、小学校に入学して間もない頃、学校に行きたくないと泣いたことがあります。
理由は、「学校の勉強がつまらない」というものでした。
まだ入学したばかりなのに、学校の勉強がつまらない。
このままでは不登校になってしまうのではないかと、心配したことを覚えています。
そんな姉を見て、私は考えました。
もっと学び甲斐のある環境に進んだ方が、この子にとってよいのではないだろうか。
そこで、中学受験を勧めてみたのです。
ところが、返ってきた答えは意外なものでした。
「勉強は好きじゃない」
私は驚きました。
学校の勉強がつまらないと言っていたのに、勉強が好きなわけではない。
成績もよいし、もっと難しい勉強ができる環境を望んでいるのかと思っていたのです。
でも、それは私の思い込みだったのかもしれません。
姉は、中学受験を選びませんでした。
勉強嫌いだった妹の、意外なひと言
一方、妹はというと、勉強が好きなタイプではありませんでした。
学校の成績は中の上くらい。
姉のように、勉強が得意という印象もありませんでした。
だから私は、妹に中学受験をさせようとは考えていませんでした。
ところが、ある日突然、妹が言い出したのです。
「中学受験をしたい」
正直、驚きました。
姉が断った中学受験を、まさか妹の方から希望するとは思ってもいなかったからです。
理由を聞いてみると、さらに驚きました。
妹には、行きたい大学があるというのです。
それは、かつて私が行きたかったけれど、行けなかった大学でした。
将来、何になりたいのかは、まだ決まっていません。
でも、その大学に行きたいという気持ちはあるようです。
そして、その大学への進学実績がある私立中学校に進んだ方が、将来の大学受験に有利なのではないか。
妹なりに、そう考えたのだといいます。
勉強が嫌いだと思っていた妹が、そんなふうに自分の将来を考えていたなんて…
私が思っていた以上に、子どもは子どもなりに考えているのかもしれません。
本人がそこまで考えているのなら、まずはやってみよう。
そう思い、家から一番近い塾に試しに通わせてみることにしました。
すると、妹の成績はみるみる伸びていきました。
その後、中学受験専門の塾に通い始めると、さらに驚くことがありました。
「勉強が楽しい」
あんなに勉強が嫌いだったのに。
私は、子どものことをわかっているつもりで、実はまだ知らないことがたくさんあるのだと感じました。
成績がよいことと、勉強が好きなことは違う
姉は、学校の成績がよい。
でも、中学受験はしたくない。
妹は、勉強が嫌いだった。
でも、自分から中学受験を希望し、塾で学ぶことを楽しむようになった。
この経験から、私はひとつ気づきました。
成績がよいことと、勉強が好きなことは、必ずしも同じではない。
そして、今の成績だけで、その子の可能性を判断することもできないのだと。
親は、どうしても目に見えるもので子どもを判断してしまいます。
テストの点数。
通知表の成績。
普段の勉強への取り組み方。
もちろん、それらも大切な情報です。
でも、それだけではわからないことがある。
何に興味を持つのか。
どんな環境で意欲が生まれるのか。
何を自分で選びたいと思うのか。
そうしたことは、実際に機会を与えてみなければ、親にもわからないのかもしれません。
親が思う「向いている」と、本人が望むこと
私は姉に、もっと学び甲斐のある環境が向いているのではないかと考え、中学受験を勧めました。
でも、本人は望みませんでした。
一方、妹には中学受験という選択肢を、最初からあまり考えていませんでした。
でも、本人は望みました。
もし、私が自分の判断だけで決めていたら。
姉には中学受験をさせようとし、妹には勧めなかったかもしれません。
そう考えると、少し怖くなります。
子どものためと思っていることが、必ずしも子ども自身の望みと一致するわけではないのです。
算命学を学んで、考えるようになったこと
私は以前、算命学との出会いによって、自分自身の見方が変わったことを書きました。
周りと違う自分を、ずっとだめな人間だと思っていた私。
でも、算命学を通して、自分には自分の性質があるのだと考えられるようになりました。
そして今、子どもたちを見ていても思うのです。
この子には、この子の個性がある。
姉には姉の、妹には妹の、物事への向き合い方がある。
算命学では、生年月日から導き出した命式をもとに、一人ひとりの性質や傾向を読み解きます。
もちろん、命式だけで子どもの学力や進路が決まるわけではありません。
でも、親の思い込みから少し離れて、子どもの個性を考えるきっかけにはなると思っています。
子どもの可能性を、親が決めつけないために
勉強が得意だから、受験に向いている。
勉強が嫌いだから、受験には向いていない。
そんな単純な話ではないのだと、娘たちから教えられました。
子どもは、親が思っている以上に、自分の意思を持っているのかもしれません。
そして、その意思を尊重したとき、思いがけない一面を見せてくれることがあります。
私は、子どもを思いどおりに育てたいわけではありません。
その子が持っている可能性を、親である私が狭めたくないのです。
子どもを理解することは、子どもの未来を決めることではない。
その子が自分で未来を選べるように、見守ることなのかもしれません。
姉と妹。
同じ家で育った2人ですが、それぞれが違う道を選び始めています。
どちらが正しいわけでも、優れているわけでもない。
親ができるのは、子どもの未来を決めることではなく、その子が選んだ道を支えることなのかもしれません。