いついかなる時も神を信頼せよ

いついかなる時も神を信頼せよ

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コラム
私も神を完全に信頼しているとは言い切れない時期があったのですが、今は信頼しています。しかし、天に向かって、もう、いい加減に幸せにしてくれ・・と嘆きとも諦めともいえる心の叫びを発したことがあります。
ヨブ記を読んでもわかるように、ヨブもぎりぎりまで追い詰められ、最後の方は半分、精神崩壊して軽く発狂してました。神はある程度、忍耐を要求するのです。神を信頼したものに神は報いるのです。
たぶん読者の中には、「いや、神を信頼しようがしまいが、正しく生きてる人には、それなりに豊かにしてやれよ・・たとえば、会社に勤めてるサラリーマンが、今年はボーナスが出るかな、出ないかなと、疑ったところで、会社は、
こいつはボーナス出るか疑ってるから、ボーナスやらんどこ!とはならんやろ?」と思う人もいるかもしれません。疑おうが信頼しようが、振り込まれるものは振り込まれるべき。こう思うかもしれません。
しかしですね、たとえば母親が作った料理を、子供が食べようとするとき、毒が入ってるかもしないと疑って、おそるおそる食べようとする子供がいますでしょうか?いませんよね、そんなこと疑いもしません。毒が入ってるかも・・と頭によぎることすらないのですよ。もし子供が、「いや、母さん、疑ってるわけじゃないんだけど、念のため、検査してもいいかい?」なんて聞いてきたら母親はどう思うでしょうか。自分を毒殺しようとしてるかもしれない!なんて疑ってる子供を愛せますか?親子関係というものは、そうであってはいけないですよね。天の父も、そう思っているはずなんですよ。なぜ、疑うのか、なぜ私を信頼しないのか・・と。神は、与えるべき時に、ちゃんと与える。報いるべき時に報いる。それを理解しないといけない。子供がゲーム機を買って!とねだっても、親は、今はだめだ、期末テストが終わってから、とか、あるいは高校受験が終わってから、とか、言うかもしれない。それでも子供が憎いからゲーム機を買い与えないわけじゃない。それと同じように、神も、ちゃんと与えるべき時期に、与えてくださるんですよ。
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