建前とキレイゴトだけがまかり通る狂った世界

建前とキレイゴトだけがまかり通る狂った世界

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コラム
私は、サラリーマン時代に、上司や先輩から、ワイシャツにしわがあるだの、寝癖が直ってないだの、無精ひげが剃りのこしがあるだの、ごちゃごちゃと、どうでもいい事を指摘されてきた。はっきり言って、シャツにしわがあろうが、ひげが生えてようが、誰にも迷惑かけてないわけですよ。誰にも迷惑をかけてないのにも関わらず、だらしないんだよだの、社会人としてどうのこうのと、長々と説教されるのだ。遺伝子改変ワクチンで歩く毒ガス発生装置になってしまった人間が、毒ガスで私を殺そうとしているのに、こちらは何も言うことができない、毒ガス放つのやめてください、近寄らないでください、命が削られます、って言えないんですよ、私としては別にチ〇コ出しながら歩いてても何も言うことは無いんですが、毒ガス出されるのだけは嫌なんですよ、これは明らかに迷惑かけられてるわけだから。なのにこちらは何も言えない。で、どうでもいいことで私の方が悪者にされる。近年、コンプラだかなんだか知らんが、言い方をオブラートにしましょうみたいな、過剰なきれいごとがまかり通って、これも気持ちが悪い。私は、もともと人間嫌いではなかったのだが、もうこういう世の中になると、人と関わること自体がリスクになっている。
イエスとその弟子たちも、どうでもいいことで悪者にされてきた。さらに言えば、良いことをしても、悪いこととされた。つまりこの世というのは、もともとそういうところなのだ。だから私が気を病む必要はない。
どうでもいいことをとがめられるイエスの弟子たち↓

マタイ12:1-8

ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、『御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている』と言った。そこで、イエスは言われた。『ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べたではないか。安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。

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