終末の時代の人間は神の知識に最も近づく

終末の時代の人間は神の知識に最も近づく

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コラム
終末の時代の人間は、人の罪が極まった時代の人間だから、最も罪深いのだが、同時に最も神の知識に近づくこともできる。ただし選ばれし者だけだが。
たとえば、我らの立っている大地がボール状ではなく平面体で、謎の暗黒空間、宇宙空間なんてものは無いんだよ、そして月はホログラムでボール状の岩石ではないんだよ、なんてことを昔の人に言っても、彼らは意味が分からないだろう。そもそも、まず大地がボール状か平面体かなんて、彼らは意識することもない、大地がボール状で回転しているとか、そういう概念がそもそもない。もともと心にそういう概念がないので、それは違うんだよと言っても、なんのことやら・・ということになる。そして月がホログラムだと言っても、これも、そもそもホログラムとはなんぞや・・ということになり、やはり理解できない、人がホログラムというものを概念として考え、開発するに至るまでに長い長い年月を要して、1970年代あたりからようやく、人がホログラムなるものを開発、実現できるようになったのだ。さらにパソコンやインターネットに至っては、もはや昔の人に説明しようと試みることすら無駄であると思うだろう。だが、我々には彼らが理解するどころか心に思い浮かべることすら叶わなかったことを知ることが許されている。
私もすでに人の知るべき限界を超えた知識を知ることになり、一般人にそれを言っても決して理解されることは無い。ここに大きな分け隔てがある。だから普通の一般人のコミュニティに私が入っていくことはできないが、彼らは彼らで楽しんでいる、原始人は原始人で楽しくやってますみたいな感じだ。でも、その楽しみも、もう終わる。恵みの時は終わり、裁きの時が来る。彼らは自分たちが愚か者であることを恥じることは無く、むしろ誇りとしていたからだ。だから裁かれなければならない。災いだ、善を悪と言い、悪を善と言う者は。
ああ、不幸だ、今、笑っている者は、彼らは、もう笑えなくなる。
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