聖書の終末の飢饉とは食糧危機の事ではない

聖書の終末の飢饉とは食糧危機の事ではない

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コラム
終末が近づくにつれ、神が人間に、「疫病・剣・飢饉」などの災いをもたらし、それで人を滅ぼすと書かれているが、この飢饉とは、必ずしも、食糧危機の事だけを言っているのではない。もちろん、食糧危機も起きるであろうが、
もっと大事な危機がある。神の言葉の飢饉である。

旧約聖書「アモス書」第8章より

見よ。その日が来る。――神である主の御告げ。――その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。その日には、美しい若い女も、若い男も、渇きのために衰え果てる

さらに、パウロの「テモテへの手紙」にも似たようなことが書かれています。

だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、 真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。

まさに今の日本でしょう!私、40年以上生きてきて聖書をまともに読んだことがある人間に出会ったことがありません。そして聖書の話をしようにも、相手の方から、いや、宗教とかいいからwみたいに拒否されますからね。

ダニエル書12章には、このようにも書かれています。

その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます。
また地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。
賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。
ダニエルよ、あなたは終りの時までこの言葉を秘し、この書を封じておきなさい。多くの者は、あちこちと探り調べ、そして知識が増すでしょう。

このように、終わりの時には、あちこち探り調べ、知識が増す と書かれていますが、私のようにフラットアースを起点として、目覚め、知識が増していく人もいれば、
テレビやネットのフェイクニュースや動画やオカルトやスピリチュアルに振り回されて、いつまでも真実にたどり着けないものたちもいるわけです。
知識っていうのは、正しいから知識なんですよ、間違ってたら知識じゃないんですよね。でも、多くの人はそれに気が付いてないわけです。これがアモス書に書いてある通り、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。と言うことなんだと思います。

Yahoo!ニュースのコメ欄を見ても、youtube動画を見てても、災害や戦争に備えて、水、食料、電池、ガソリン、灯油、暖房器具、発電機などを備えているという人の意見はあふれているけれど、誰も魂の備えをしていないのです。
それにたとえ実際の食糧危機が起きても、神の民は決して飢えることはない。

詩編 37:23-40
若いときにも老いた今も、わたしは見ていない主に従う人が捨てられ子孫がパンを乞うのを

イエスも言っていたように、私の肉を食べ、私の血を飲めという言葉の意味は、イエスの言葉を血肉とせよという意味。それがイエスの言う命のパンなわけです。私の食べ物はまことの食べ物であると言っていたように、霊的に満たされていなければ、飢え、渇き続けるということ。
人はパンのみで生きるのではない、神の口から出る言葉一つ一つで生きる。
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