天の父以外に善いものは無い

天の父以外に善いものは無い

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コラム
イエスが処刑される前のこと、ある女が「なぜ、あのような善い方が処刑されなければいけないのか」と言うのだが、これを聞いたイエスが「なぜ私を善いというのか、天の父以外に善いものは無い」と言うのだ。

イエスは何の罪も犯していないのに、自分を善い者では無いと言ったのだ。
現代人は、とてつもない罪を犯しても、まだ言い訳がましく、自分は悪くない、悪いのはあいつだ、私ははめられたんだ、利用されただけだ、逆に被害者なんだ、とか何とか言うくらいではないか。

しかし、イエスが自分を善いものでは無いと言ったのは単なる謙遜ではない。
では、どこに悪いところがあったのか。
罪を犯していないことが罪なのか?完璧すぎるところが罪なのか?
そうではなく、神から離れ去ったことが罪なのである、と私は考える。
イエスと天の父(ヤハウェ)は一つの存在であったが、罪深い人間たちに真理と救いの道を教えるため、地上に遣わされたが、そのために神から離れ去ったこのことが、たった一つの罪であり、この世に肉体をもって生まれ出でた時点で罪を負っているという原罪という概念にも当てはまるので、これがイエスの「天の父以外に善いものはない」と言った真意ではなかろうか。
単なる謙遜くらいなら小学生でもできる。だからこれは、天の父の絶対者である真理を守るために言った言葉である。
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