悪魔崇拝者は悪魔の僕(しもべ)、では悪魔は誰の僕?

悪魔崇拝者は悪魔の僕(しもべ)、では悪魔は誰の僕?

記事
コラム
悪魔崇拝者は、悪魔に仕える悪魔の僕だが、それでは悪魔は誰に仕えていると思うだろうか?
何を言っているんだ、悪魔は誰かに使われている存在ではない!と思うかもしれない、しかし、聖書をよく読めば、悪魔には主人がいることがわかる。
それがわかる個所を抜粋してみよう。
悪魔がイエスを誘惑するために、あれこれと取引を持ち掛けようとしているシーンの最後のほうだ。

マタイ福音書4.6-22
するとイエスは言われた。「退け、サタン!あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」そこで悪魔は離れ去った。

いかがだろうか、このように悪魔(サタン)の主は、神であることがはっきり書いてあるのだ。
それでは、もう一か所、今度は旧約聖書から抜粋してみよう。
旧約聖書『ヨブ記』より
ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。主はサタンに言われた。「お前はどこから来た」「地上を巡回しておりました、ほうぼうを歩き回っておりました」

いかがだろうか、やはり悪魔(サタン)は、神に仕える、神の僕であることがわかる。つまり、悪魔は神に逆らえない。

それで結局、何が言いたいのか?悪魔が神の僕だから何だというのか?と皆さんは思われるかもしれない。
要するに、こう言いたいのだ。悪魔を憎むものは、神をも憎んでいることになると。なぜかって?だって、悪魔は、神の意志を成し遂げるために動いているに過ぎないからだ。悪魔でさえも、神の使いっぱしりに過ぎないんだから。
ということは、悪魔や、悪魔崇拝者に戦いを挑んでも、無駄ということがわかるだろう。それは神をも敵に回すことになるのだから。

ネット上では、フリーメーソン、イルミナティに抗い、悪魔たちに徹底抗戦だ!なんて息巻いている連中も散見されるが、実にむなしい愚かなことだ。
彼らは全く分かっていない、私たちの戦いは、自らの魂を浄化させられるかどうかという一点に限られるのであって、悪魔崇拝者に対しての戦いではないのだということを。つまり自分自身との戦いなんだ。

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