主人公はなぜ一度、日常を離れるのか――通過儀礼で読む物語

主人公はなぜ一度、日常を離れるのか――通過儀礼で読む物語

記事
コラム

はじめに

 物語を分析する方法には、さまざまなものがあります。そのなかでも、私が得意としているのが、文化人類学や宗教学における「通過儀礼」という視点から作品を読む方法です。

私は、いわゆるボーイ・ミーツ・ガール型の物語が好きです。

 平凡な日常を送っていた少年が、秘密を抱えた少女と出会う。少女との出会いをきっかけに、少年は非日常的な事件へ巻き込まれ、危険や喪失を経験します。やがて事件が終わり、少年は元の日常へ帰っていきます。

 少女と結ばれる物語もあれば、最後に別れる物語もあります。しかし、どちらの場合も、主人公は物語の最初とまったく同じ人物として帰ってくるわけではありません。

 私はこのような構造を、「行って帰ってくる物語」として捉えています。

 主人公は一度、住み慣れた日常から離れます。そして、これまでの常識が通用しない場所で試練を経験し、以前とは異なる自己を獲得して帰ってきます。

 この構造は、文化人類学や宗教学で論じられてきた「通過儀礼」の三段階と重ねて読むことができます。

通過儀礼とは何か


 通過儀礼とは、成人、結婚、就職、死など、人生における社会的地位や役割の変化に伴って行われる儀礼です。

 通過儀礼を体系的に論じた文化人類学者アルノルト・ファン・ヘネップは、その過程を次の三段階に整理しました。

1.分離
2.過渡
3.統合

「分離」とは、それまで所属していた場所、集団、地位、役割から切り離される段階です。

「過渡」とは、以前の地位を失いながら、まだ新しい地位にも入っていない不安定な段階です。これまでの規則が通用せず、試練を受けたり、自分が何者なのか分からなくなったりします。

「統合」とは、新しい地位や役割を得て、再び社会や共同体へ戻る段階です。

 成人儀礼であれば、子どもの地位から離れ、試練を経て、大人として共同体へ迎え入れられます。しかし、通過儀礼の構造は、必ずしも「子どもが大人になる物語」だけに限定されません。

 新しい自分を受け入れること、新しい居場所を得ること、以前とは異なる関係を結ぶことも、統合として読むことができます。

ミュウツーの物語を通過儀礼で読む

 たとえば、『ミュウツーの逆襲』に登場するミュウツーの物語も、通過儀礼の構造から分析できます。

『ミュウツーの逆襲完全版』では、ミュウツーは、少女の意識のみクローニングしたアイツーと出会います。しかし、アイツーとの交流は長くは続きません。

 ミュウツーにとって、アイツーとの別れは、自分を受け入れてくれた存在との分離であり、最初の喪失です。

 その後、ミュウツーは「自分は何者なのか」「なぜ生み出されたのか」という問いを抱えます。

 自分はポケモンなのか、人間によって作られた道具なのか。オリジナルよりも価値の低いコピーなのか。それとも、自分自身として生きてよい存在なのか。

 このように、以前の居場所を失いながら、新しい自己をまだ確立できていない状態が「過渡」です。

 ミュウツーが人間やオリジナルのポケモンに逆襲しようとするのも、この不安定な状態のなかで、自分の存在価値を証明しようとした結果だと考えられます。

 しかし、戦いを通じてミュウツーは、どのように生まれたかだけで生命の価値が決まるのではないと知ります。

 やがてミュウツーは、コピーポケモンたちとともに新しい居場所を求めます。

 これは、以前とは異なる自己認識と共同体を得る「統合」として読むことができます。ミュウツーは単に戦いに敗れたのではありません。「コピーとして作られた存在」から、「自ら生き方を選ぶ存在」へと変化したのです。

現代の物語における通過儀礼

 通過儀礼の三段階を現代の成長物語へ応用すると、次のように考えられます。

1.子どもの世界や日常から離れる
2.所属や自己像が不安定になる
3.新しい役割や自己認識を得て社会へ戻る

 現代社会では、かつての成人儀礼のように、ある日を境に明確に大人になる機会は少なくなりました。

 そのため、学校生活、進学、就職、恋愛、家族との別れなどが、個人にとっての通過儀礼として機能する場合があります。

 物語のなかでも、主人公は異世界へ行ったり、見知らぬ共同体へ入ったり、大切な人と出会ったりすることで、それまでの自分を問い直します。

『猫の恩返し』で、ハルが日常から猫の国へ移動し、周囲に流される状態から自分の意思で帰る道を選ぶ過程も、通過儀礼として読むことができます。

 主人公が日常を離れるのは、単に冒険を成立させるためではありません。

 元の場所や関係から切り離されなければ、主人公は、それまで当然だと思っていた自分の立場を問い直せないからです。

 そして重要なのは、主人公が「帰ってくる」ことです。

 帰る場所が同じであっても、帰ってきた主人公は以前と同じではありません。何かを失い、何かを知り、新しい自己を獲得しています。

 通過儀礼という視点を使うと、物語を出来事の連続としてではなく、

「主人公は何から離れたのか」
「過渡期に何を失い、何に迷ったのか」
「最後にどのような自己や居場所を得たのか」

という変化の構造から読むことができます。

 私はアニメ、漫画、小説、映画を題材とした考察記事や教材制作では、通過儀礼、生命倫理、宗教学などの視点を用いて、登場人物の変化や作品の構造を分析しています。



 作品分析、考察記事、解説文、教材制作などに関するご相談を受け付けています。

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【参考文献】

A・ファン・ヘネップ著、綾部恒雄・綾部裕子訳『通過儀礼』岩波文庫、2012年(原著1909年)

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