あの子の写真を、まだ見られないあなたへ

あの子の写真を、まだ見られないあなたへ

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コラム
スマホの中に、
たくさんの写真が残っている。

寝ている顔。

こちらを見ている顔。

ちょっといたずらをした顔。

何でもない一日の写真。

どれも、
あの子がいた証なのに。

今は、
開くことができない。

写真を見たら、
そこにいた頃のことが
一気に押し寄せてきそうで。

「会いたい」

「もう一度触れたい」

「どうしていないんだろう」

そんな気持ちが溢れてしまいそうで、
そっと閉じてしまう。

そして、

「私は、あの子の写真すら見られない」

そんな自分を責めてしまうこともあるかもしれません。

でも、
見られないのは、
大切じゃなくなったからではありません。

むしろ反対なのかもしれません。

大切だからこそ、
まだ触れられない。

心が受け止められるほどの距離まで、
思い出を遠ざけているだけ。

写真は、
ただの一枚の画像ではありません。

そこには、
その日の声や匂いや温度まで
一緒に残っていることがあります。

写真を見た瞬間に、
忘れていたはずのことまで
鮮明によみがえることもある。

だから、
今は見なくてもいい。

整理しなくてもいい。

アルバムを開かなくてもいい。

「いつか見られるようにならなきゃ」
と思わなくてもいい。

今の心が
「まだ見たくない」と言っているなら、

その気持ちを
そのままにしてあげてもいいのです。

そして、
いつか。

何気なく写真を開いてみようかな、
と思える日が来たら。

一枚だけ見てみる。

涙が出てもいい。

笑ってしまってもいい。

途中で閉じてもいい。

最後まで見る必要なんてありません。

ペットロスには、
「いつまでにこうなれば大丈夫」
という期限はありません。

写真を見られるようになることが
回復の証でもない。

写真を見られないことが
後ろ向きなことでもない。

ただ今は、
心があの子との思い出を
大切に抱えている途中なのかもしれません。

だから、
見られない自分に
「どうして」と言わないで。

あの子を忘れたくないからこそ、
今は写真を見られない。

そんな愛し方があってもいいのだと思います。

いつか写真を見たときに、

「この子、本当にかわいかったな」

と涙を流しながらでも
笑える日が来たら。

そのときは、
無理に悲しみを手放さなくていい。

「会いたかったよ」

そう言いながら、
ゆっくり写真を閉じればいい。

あの子との時間は、
写真の中だけにあるのではありません。

あなたが一緒に過ごした日々の中に、
ちゃんと残っています。

今はまだ、
写真を見られなくても大丈夫。

見ないという選択も、
あの子を大切に思っている
ひとつの形なのだから。
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