作り話の外

作り話の外

記事
コラム
体験していること、見えているものは
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全てが仮想の産物であり、実在していない。
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そう耳にした時、実際にそんな目線からの
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体感に焦点を当ててみることにした。
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その視野と繋がると、全てが無に帰すような、
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原初の白紙へと移行する。
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意識が飛び去り、
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立ち現れていた万物は無くなる。
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ふと目を覚まして、肉体の意識が混ざると、
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残っている肉体の意識を通した
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仮想の空間が再び立ち現れる。
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確かに起きているように見えていたものの多くが、
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儚い夢のように遥か彼方へと帰っていった。
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存在しているように認識していたものの多くが、
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初めから作り話であるかのように無くなっていった。
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この作り話の空間の外とは何なのか。
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そんな好奇心を通して、
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ずっと前から浮かんでくるもの。
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物理法則なども存在しないということなら、
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支払いの概念やシステム、資本主義社会そのものも、
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作り話や仮想の産物の一種。
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生きている、名前、人生、世界、地球といった
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大元の認識も、作り話や仮想の産物の一種。
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肉体から完全に再分離した状態、
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もしくは再分離している意識の中では、
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そういう体感は当然の感覚。
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好奇心を感じるのは、肉体を物質化の遊戯のために残しながら、
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そのような大元の仮想の産物がどこまで消え去っていくのか。
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そして、最後に何が残り、何を体感するのか。
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今日も資本主義社会や支払いのシステムといった
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​
大元のまやかしを晴らす時間を。
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ただ湧いてくるままに。

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