こんにちは。千代です。
絵や置物の龍を見た子どもから、「龍って、本当にいるの?」と聞かれたら、どんな言葉を返すでしょうか。自分が大切にしている存在だからこそ、すぐに答えたくなるかもしれません。一方で、どこから話せばよいのか、少し迷うこともありそうです。
今日は、そのような場面を想像しながら、龍の話を子どもへ手渡すときの言葉を考えてみます。信じてもらうことを会話の終着点にせず、子ども自身が不思議に思ったことを、安心して聞ける時間にできたらと思います。
何を知りたくなったのかを聞く
同じ「いるの?」でも、知りたいことは違うかもしれません。空を飛ぶ生き物がいるのか。絵の中の龍が夜に動くのか。それとも、好きな物語の続きを聞きたいのか。大人が思い描く大きな問いと、子どもの小さな疑問が、いつも同じとは限りません。
たとえば、龍の絵を指さして聞かれたなら、「この龍の、どんなところが気になった?」と返してみる。すると、「どうして足が短いの」「羽がないのに飛べるの」と、絵についての話が始まるかもしれません。まずは、目の前にある形や色を一緒に見るだけでもよいでしょう。
問いの意味を確かめるのは、答えをはぐらかすためではありません。こちらが伝えたい話でいっぱいにせず、その子が見つけた不思議から始めるためです。答えが分からなければ、その疑問を一緒に持っていてもよいのだと思います。
自分の感じ方として話す
龍を大切に思っているなら、「私は龍を大切に思っているよ」と、自分を主語にして話せます。それと、誰もが同じように確かめられる事実として「必ずいる」と伝えることは、別にしておきたいところです。
龍観術で何かが観えたと感じたことを話す場合にも、「私にはこういう印象があった」という範囲を越えないようにしたいと思います。想像した姿、夢で見た姿、絵に描かれた姿を、一つのものとして説明しない。観えなかったことを、話を面白くするために観えたことへ変えない。その正直さは、小さな相手にも向けられるものです。
難しい言葉を並べなくても、「お話の中の龍と、私が大切にしている龍の話は、同じとは限らないんだ」と区別できます。一度で全部を説明する必要もありません。子どもが別の遊びへ気持ちを移したら、そこで話を終えてよいのでしょう。
龍の話で行動を縛らない
「悪いことをすると龍が怒る」「信じないと守ってもらえない」。そんな言葉を、片づけや約束を守らせるために使わないようにしたいと思います。目に見えない存在への不安を、日常のお願いに結びつける必要はありません。
床のおもちゃを片づけてほしいなら、「踏むと痛いから、箱に戻そう」と、目の前の理由を伝えられます。龍の機嫌を確かめなくても、今何をすればよいのかが分かる言葉です。大人の都合を、龍からの指示のように語らずに済みます。
もし龍の絵を怖がったら、慣れさせようと見せ続けなくてもかまいません。絵を閉じたり、離れた場所へ移ったりしてよいのです。「怖くないはず」と感じ方を訂正するより、「今は見たくないんだね」と受け止めるほうが、その子の言葉を大事にできるように思います。
違う答えを持てる余白を残す
話したあとに「私はいないと思う」と返ってきても、言い負かす必要はありません。「そう思ったんだね」と聞いて、その理由に興味を向けてもよいでしょう。反対に「いると思う」と言ったときも、特別な力がある証拠として扱わず、その子の今の考えとして聞きたいものです。
今日の答えが、来年には変わるかもしれません。龍の話が好きな時期も、ほかのことに夢中になる時期もあるでしょう。大人と同じ考えでいることを、親しさの条件にしなくてもよいのです。
龍を大切にする気持ちを伝えるとき、残したいのは一つの結論だけではありません。「分からないと言ってもいい」「違うふうに思っても話せる」。そんな余白も、一緒に渡せたらと思います。龍についての小さな問いが、答えを急がない会話の入り口になる日があってもよいのでしょう。