こんにちは。千代です。
龍の話が好きな人の隣に、龍を物語の中の存在として楽しむ人がいる。あるいは、そうした話にはあまり関心がない人がいる。同じ言葉を聞いていても、心に浮かぶものは違うかもしれません。
今日は、龍についての受け止め方が違う人と話すときのことを書いてみます。相手を信じさせる方法ではありません。お互いの感じ方を変えようとせず、会話の中に二人分の居場所を残すためのお話です。
同じ受け止め方でなくても
大切にしている話をしたとき、相手にも同じように感じてほしくなることはあると思います。静かに聞いてもらえただけでは物足りなくて、「分かるよ」という一言を待ってしまう場合もあるでしょう。
けれど、聞いてくれることと、同じ考えを持つことは別です。「そう感じたんだね」という返事には、内容への賛成ではなく、話している人への配慮が含まれていることもあります。
相手の本当の気持ちは、その一言だけでは決められません。反応が薄いから否定している、質問が多いから信じ始めている、と先回りしないでいたいと思います。
龍を身近に感じる人も、絵や伝承として親しむ人も、距離を置いている人もいます。同じ結論にそろわなくても、互いを丁寧に扱うことはできるのではないでしょうか。
私にはそう感じられたと話す
龍観術について言葉にするとき、私が大切にしたいのは、観えた範囲を越えないことです。「私にはこのように観えた」と話すことと、「だから、あなたも同じように受け止めるべきだ」と求めることは違います。
観えなかったところは、観えなかったと残します。相手を納得させるために、曖昧だった部分を確かな話に変えたり、説明を大きくしたりはしたくありません。
日常の会話なら、「龍の絵を眺める時間が好きなんだ」と、自分の好みから話すこともできます。相手に龍の存在について判断してもらわなくても、その時間を気に入っているということは伝えられます。
これは特定の会話や鑑定の報告ではなく、言葉の選び方の例です。どんな表現なら相手が信じてくれるかではなく、自分が実際に感じたことを、言い過ぎずに伝えられるか。そのくらいのところから始めてもよいと思います。
話したくないという返事を受け取る
龍の話を続けてよいかどうかは、相手の気持ちにも関わります。「少しこの話をしてもいい?」と尋ねてみることも、一つの方法です。
もし「あまり得意ではない」と言われたら、その返事をそのまま受け取る。理由を詳しく説明してもらったり、誤解を解こうと話を重ねたりしなくてもかまいません。話題を変えることは、自分の大切なものを捨てることではないのです。
相手が距離を置く理由を、霊的な状態や龍との縁に結びつけて評価することも避けたいと思います。関心がないというだけで、その人に何かが足りないとは言えません。
同じように、ご自身も、聞きたくない話には区切りをつけてよいと思います。「今日は別の話にしよう」と言える余地が、お互いにあってよいのです。
共通の景色だけを楽しむ時間
考えが違っていても、一枚の龍の絵を見て、線の勢いについて話せるかもしれません。青い色がきれいだと思う人と、尾の曲がり方が面白いと思う人。そのとき、絵の背景にある信仰や体験まで一致させる必要はありません。
もちろん、共通点を必ず探さなくても大丈夫です。龍の話から離れて、最近食べたものや、帰り道の景色について話す。それも、その人との時間を大切にする選び方です。
一つの話題が合わないからといって、関係のすべてを判断する必要はありません。反対に、龍の話で意気投合したからといって、何でも分かり合えたと急がなくてもよいでしょう。
龍についての言葉を交わしたあと、二人の考えが違うまま残っている。それを、会話が失敗した印としなくてもよいと思います。
自分の感じ方を静かに持ちながら、相手のまなざしも相手のものとして残す。龍の話が、誰かをこちら側へ引き寄せるためではなく、互いの違いを丁寧に知る時間になればと思います。