※これは過去に書いたTRPGのシナリオを読み物として再構成し、
ポートフォリオとして公開する記事です。
異なる文体・世界観を用いた構成の例としての公開なため、
ゲームシステム部分の文章は割愛しております。
ヴィクトリア・シティにおいて白くてふわふわのパンというものは貴重品である。 少なくとも一般市民にとっては。
固くて、臭くて、時にはカビが生えているパンを常食するものもいる。悲惨なものだ。 とても不幸なことだ。
何より惨いのは、彼らは白くて柔らかいパンも、甘いはちみつも、薫り高い紅茶も、その全ての存在を知ってしまっていることだ。
君達スカイノーツの今回の仕事はそんな者たちからの依頼。
ああ、心配しなくていい。報酬は支払われる。それも莫大な額だ。 金貨のプールで泳ぐことだって出来るほどの報酬だ。
この胡散臭い宝の地図が本物でさえあるならば、だが。
──かつて。
・・・かつてと言ってもここ数十年の話なのだが、ジャン・ラフィットという空賊がいた。 今の時代にもいる空賊だが、 初めて飛空艇での略奪行為を働いたのはこの男だったという。
聞くところによれば死ぬまで乗った愛機も軍の品を奪ったものであるとか、
たった一枚のコインを持ってギャンブルを始め、連勝に次ぐ連勝で一夜のうちに飛空艇を一隻買ったとか、
とある技師の息子であり、 廃材から一人で飛空艇を組み上げたなどと、まことしやかに語られている伝説の男だ。
なぜ一介の悪漢ごときが伝説にまでなったのか。それはジャンの愛に依る。
この男は人を嫌い、船を愛した。その愛は階差機関を積んでいない船の声すら聞いたほどだという。 様々な噂が語られる中でその愛だけは必ず一致した。
そして、人の中でも特に権威を嫌い、貧乏人からは奪わなかったことも大きいだろう。 そう、この男は死んだ今でも、貧民や一部の探空士にとって英雄なのだ。
今回の依頼は、幸か不幸か財宝の地図を手にしたという貧しい男からのもの。
ジャン・ラフィットが生涯をかけて奪い、最後に残したという、 胡散臭い宝の地図。
どうだろう、受けてはもらえないだろうか? この哀れな男の最後の寄る辺なのだ。
白くて柔らかいパンや、甘いはちみつや、 薫り高い紅茶を口にしないまま生きてきた男の望みを叶えてやってはくれないだろうか。
大丈夫、山分けにしても唸るほどの宝だ。 君達の取り分もちゃんとある。
──なるほど、こんなに疑わしい依頼を受けるなどマトモではないか。それはそうだろう。
では、安定が欲しいのならば、今すぐに船を降りて畑を耕すといい。 貧しく、安定した、夢も希望もない生活が待っている。 そうだ、眼の前のやせ細った男のように、だ。
だが、夢を追って空を駆けるのが探空士ではなかったのか。
白くて柔らかいパンよりも、 甘いはちみつよりも、 薫り高い紅茶よりも、 冒険を求めるのが探空士ではなかった のか。
夢を追う心さえあるならば、この胡散臭い宝の地図も壮大な冒険への切符に見えるはずだ。
目的地である空域にやってきた。君たちは船に備え付けられた見張り台から注意深く辺りを伺う。
きっと何かがある。それは言ってみればただの勘。だが確信に近いものだ。
・・・やはり。 船乗りは船乗りを呼ぶのだ。 遥か彼方、 雲で霞む空の向こうに歯車の塔だ。
ただしその塔は歪な形をしている。 今まで色々な塔を見てきたが、あのように有機的な形状のものは見たことがなかった。
塔に近づいて理解する。せざるを得ない。なにせ塔に巨大飛翔イカがまとわりついていたのだ。瞳をぐるぐると忙しなく動かしている。
触腕を所在なさげに動かしているが、 船を動かせばそれをこちらに向けてくる。
警戒している・・・いや、あれはもはや敵意だろう。 自分の止まり木を守ろうとしているのだ。
塔に近づいて分かったことがもう一つ。 宝の地図は間違いなくこの塔を示している。君たちは目を見合わせ、一つ頷く。やるしない。
激戦。巨大飛翔イカは砲撃を受け暴れまわる。 次第に抵抗は緩慢になり、決着の予感を胸に君達は戦いを続けた。
それはたまたまだった。たまたま、苦しげに暴れまわるイカの触腕が塔の枝である歯車を打ち据える。それが最後の大暴れだったか、イカは動きを止める。が、君達の内一人が気づくだろう。
たった今イカの触腕を受け、塔から脱落しかけている歯車こそが宝の地図が指し示している場所だと!
STAGE1
進むか、退くか。命は惜しい。 闇雲に突っ込めばいいってものじゃない。
だが、君達は誰ともなく操縦桿を握り、 機関室へ走り、 速力を上げた。
ここで自分たちが諦めれば、その正体も、 真偽すらもわからないままとなってしまう。
伝説の男の残した宝だ。このまま雲海に伝説を飲み込ませてなるものか。 脱落しかけている歯車へ強引でもいい、 着陸を試みるのだ。
STAGE2
そこにはボロボロの飛空艇が一隻止まっている。 あとは何もなかった。
宝の地図は間違いなくここを示しているし、 飛空艇があるということはこの地図が偽物ではない証拠のはずなのだ。
探そう。時間はないが、ここまで来たんだ。 何もありませんでしたと帰るわけにはいかない。
STAGE3
ダメだ、やはり何もない。ここにあるのは飛空艇が二隻だけ。 自分たちのものと最初からあったもの。 他には一握りの砂すらもない。 飛空艇の中にも何かあるとはとても思えないが・・・まさか・・・
STAGE4
掠れてしまっているが、よくよく見ればジャンが好んで使ったマークが船体に刻まれている。
・・・きっとこの船自体が宝なのだ。生涯を共にした相棒。それは軍人だろうと、 探空士だろうと、そして空賊であっても変わらない。
君達が船に手を伸ばすと船が逃げた。 まるで自らの主人以外には触れさせないと言っているように。
──いや違う。歯車の傾きが大きくなり、滑り落ち始めているのだ!
今すぐに船へ戻り飛び立たなければ、この無人の塔と心中することになってしまう!
【エピローグ】
船乗りたちの間では船には魂が宿ると言われる。 果たしてジャンの船は何かを思うのだろうか。
最後の最後、 探空士達が去る際に見せた貞淑さは、ただの偶然だったのか。
ジャンが愛したその船 (彼女)は出自を不明なまま、しかしその最後だけは探空士達の記憶に残し、雲海へと消えていく。
経年劣化で傷んだ鉄の装甲や布の帆を、宙で剥がしながら落ちていく様は、ドレスを抜いで愛する男の元へ向かう姿に似ていた。