私が地獄の中を生き抜いて気づいたこと

私が地獄の中を生き抜いて気づいたこと

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コラム
プロフィールにも少し書きましたが、私は物心ついた頃から、両親が毎日のように激しく喧嘩をする家庭で育ちました。幼い私は、夜になると布団をかぶって泣きながら朝を待つことしかできませんでした。

それに加えて、我が家には「貧乏」という重い苦しみがのしかかっていました。欲しいものは買ってもらえず、親の口癖はいつも「うちはお金がないから」。いつしか私は「欲しい」という言葉すら口に出さなくなり、親を困らせまいと、常に顔色を伺って生きるようになっていました。

そんな家庭環境の影響もあったのでしょう。学校に行っても、男子生徒から「お前暗いね」「気持ち悪い」といった心ない言葉を投げかけられました。「暗い」と言われたのは表情や口数の少なさだったのかもしれませんが、「気持ち悪い」という言葉には100%の悪意を感じ、深く傷つきました。けれど「親に心配をかけたくない」という思いから、誰にも相談できませんでした。

私の心をさらに閉じ込めさせたのが、「手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)」という症状でした。当時はまだこの病気があまり知られておらず、手から汗が滴り落ちるほどの症状に悩まされ、人にバレないよう常にハンカチを握りしめていました。担任の先生から「テスト用紙が濡れているけど、これ何?」と尋ねられたこともあります。「自分はこの手で、将来ちゃんと仕事ができるのだろうか……」と不安でいっぱいでした。
親に打ち明けると、「もっと重い障害を背負った人だっている。そんなことで悩むんじゃない」と言われました。もちろん安心などできるはずもなく、「ただ耐えるしかないんだ」と自分に言い聞かせるしかありませんでした。

転機が訪れたのは、小学校の高学年を迎えた頃です。明るい友達と一緒に過ごすうちに少しずつ影響を受け、周囲から「〇〇ちゃん、変わったね!明るくなった」と言われるようになりました。
自分ではどこがどう変わったのか具体的にはわかりませんでした。でも、「自分の姿は、他人からの評価こそが正しいのかもしれない」と思ったのです。だって、自分の顔すら鏡を通さなければ見ることができないのですから。

中学、高校に進学し、クラス替えのたびに新しい人間関係に慣れるのは大変でした。相変わらず「暗い」「気持ち悪い」と言われることもありましたが、この頃になると少しずつ耐性ができ、流せるようにもなっていました。

そして社会人へ。
社会に出ると、手汗のことよりも「仕事ができるかどうか」で評価されるようになり、なんとかやっていける目処が立ちました。
もちろん、社会人になってからも辛いことはありました。一番キツかったのは同僚からの嫌がらせです。席を外した隙にパソコンの設定を変えられたり、聞こえるように悪口を言われたり……本当に色々なことがありました。
けれど、大人になってからの苦しみは、幼少期とは違いました。「逃げる」という選択も、「会社を辞める」という決断も、すべて自分の意思で決められたからです。子どもの頃の地獄に比べたら、ずっとマシでした。

さて、いまこれを読んでくださっているみなさんは、これまでどんな人生を送ってこられましたか?
きっと、良いことも、忘れたいほど悪いことも、たくさんあったのではないかと思います。

人は誰しも、生まれてくる環境や親を選ぶことはできません。
子どもの頃の私にとって、家庭も学校も、自分の力では抜け出せない「地獄」そのものでした。

では、「どうしたら、その地獄を変えることができるのか」

大人になった今の私は、明確な答えを持っています。
それは、「自分自身で『選択肢』を持ち、自分の足で環境を選び直すこと」です。

子どもの頃は、どんなに辛くても逃げ場がありません。だからこそ「自分を殺して耐える」しか選択肢がありませんでした。
けれど、大人になった私たちは違います。
人間関係を選ぶことも、居場所を変えることも、嫌な環境から逃げ出すことも、すべて「自分の意思」で自由に決めていいのです。

もし今、あなたを取り巻く世界がまるで「地獄」のように感じられるなら、どうか思い出してください。
あなたはもう、じっと耐えるしかなかった幼い子どものままではありません。

「自分の心を傷つける場所から、離れる勇気を持つこと」「自分を大切にしてくれる場所を、自分の手で選び直すこと」

この2つの選択をする権利が、今のあなたには必ずあります。
「他人の評価や悪意」に自分の人生をあけ渡すのは、もう終わりにしませんか?
あなたの人生の舵(かじ)を握っているのは、他の誰でもない、あなた自身なのですから。

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