先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう
P103
『いま、この本にめぐりあったあなたは、神が数えきれないほどの回廊、数えきれないほどの方法で語ってきたことを、もう一度語ってほしいと言う。それでは、もう一度―ここでーこの本のなかで語ろう。今度はあなたは耳をかすだろうか。ほんとうに聞こうとするだろうか。』
この本にこのタイミングで出逢った人は、すべてを聞けるでしょう
この本に合ったのは必然なのですから。
この必然を逃しては・・・次は来世でしょうか?
4,000ページにも及ぶ「神との対話」を読み進める勇気はありますか?
この第一章はその勇気を試しているのかもしれません。
『何があなたをこの書物に導いたと思うか?どうして、あなたがこの本を手にすることになったと思うか?わたしが自分のしていることに気づかないとでも思うのか?宇宙には偶然などというものはない。
わたしは、あなたの心の叫びを聞いた。あなたの魂の探求を見た。あなたがどんなに深く真実を求めているかを知っている。あなたは苦しみのなかで叫び、喜びのなかで叫んだ。限りなく、わたしを求めた。わたしに現れてくれ、説明してくれ、真実を明かしてくれと呼びかけた。』
気づいていましたか?
真実を教えてくれ言っているのは著者のニールだけはなく
あなたも言っているのです。
あなたの魂が求めているのです。
この本に出逢ったのは偶然ではないのです。
あなたの魂がそのレベルに達し、引き寄せたのです。
引き寄せたものを実行せずに、あなたは何を実行するのでしょうか?